これは補足である。

皆さんもお正月には鏡餅を飾られると思う。
あれ、なんで鏡餅というんだろう?
どっから見ても鏡になんか見えない。
どっちかと言うと、

「雪だるま」

雪だるま以外の何物でもない。

鏡餅は人の姿をかたどったものだ。

カガは古語で「蛇」のことだ。
これは前にも書いた。
蛇は水、川の神だ。
これも解説した。
古代の鏡とは水面のこと。
水鏡だ。
鏡餅は人身御供となり、川へ身を投げた少女たちの身代わりなのだ。
犠牲になった少女たちの魂の供養のために鏡餅を飾るのだ。
今でも、鏡餅を川に投げて洪水除けのまじないをする地方は多い。
これを読んだ方は、この事実を噛み締めながら鏡餅を見てもらいたい。

本筋に戻る。

■■■

「やあ、またおいでかな。ええと…ふるおか…さんじゃったかな?」

「古谷です」

古谷和彦は屈託のない笑顔を見せた。

「おお、そうかいそうかい。で、葵星女には会えたかな?」

「いえ…残念ながら、諸橋さん。僕が会ったのは気の良いおばあちゃんだけですよ」

「ん?そうかい?会えんかったか…それは残念じゃったの。何か急を要するようなことを言うとったようだが……良かったのかの?」

「ありがとうございます。せっかくですが、僕はこの件は忘れることにします」

「ん?ん?なんかようわからんがあんたがそれで良いのなら、ワシはかまわんが…」

「僕の方は大丈夫です。昨日連絡がありまして、すっかり良くなりました」

「なんかよう知らんが、あんたの顔色を見るかぎり大丈夫そうじゃの…良かった良かった」

諸橋も和彦につられて、はははと笑い出した。

「お世話になりました」

「なんのなんの…ええと、ワシなんかしたかの?」

「おや、雨だ」

和彦は窓の外を見た。
バラバラとにわか雨のしずくが庭木に落ちている。

「僕はこれで失礼します」

「あっ、ちょっとあんた、傘を持っていきなさい。おおい誰か…家のいらん傘を持ってきてくれ」

郷土研究家の諸橋は慌てて物置がわりのクローゼットへ行き、中からビニール傘を持ち出してきた。
応接間に戻ったとき、和彦はすでに姿を消していた。

「行ってしまったか……」

■■■

威勢の良い子供たちの声が鹿島修練場にこだまする。

子供用の小さな竹刀が乾いた気持ちの良い音をたてている。

「おおい!みんな!今から恒例のもちつきを始めるぞ!あつまれい!」

佐藤清一が号令をかけた。
重い杵を軽々と抱え、カカカと白い歯を見せて笑っている。
もちを返すのは藤田健吾。
臼の前に座り、不安そうに佐藤清一を見上げている。

「お前、俺の手をついたらただじゃすまんからな」

カカカ。

「師範、兄じゃ。心配いらん。わしゃ杵の名手じゃ。狙いははずさん」

「お前、力強いからな……なんか顔が赤いな。酒飲んでないか?」

カカカ…!

「心配ないって。ワシ2升までなら飲んだうちに入らん」

「に、2升って…お前」

「ごちゃごちゃ言っとらんで行くぞ! てい! おりゃ! そらさ! うりゃ!」

「お、おう…!」

佐藤清一の怪力でもちがつきあがってゆく、藤田健吾が器用にもちをクルクルと丸めとってゆく。
子どもたちに囲まれて、鹿島修練場年末恒例の行事だ。

(それにしてもさあ。ウチの道場って古いよな。今時もちつきだってさ)
(メカに弱いからね。先生たち。なんでも携帯も使えないらしいよ)
(え?マジ?キモ~)
(マッスル馬鹿だよねえ)

「兄じゃ。気合いが足らんぞ。気合いが。ソーレー」

「うるさいな。ちゃとやってるわい」

「それ!
そういえば一馬の姿が見えんが…」

「一馬なら旅に出た。四国巡礼の旅だ」

「な?旅ぃ…」

「あっ。雷」

ピシャン…!

突然の雷鳴に子どもたちが嬌声をあげた。

■■■

藤枝一馬は神戸港にいた。
巡礼姿である。
錫杖を携えていた。
雨がポツポツ降り出している。
手のひらを上に向けて雨の具合を確かめた。
小走りに地元の老人が通りかかる。

「あっ。もし…」

一馬は声をかけた。

「ハイ何でしょう?」

「渡し船は…?
四国へ渡る渡し船はどこから出るのでしょう?」

「は? 渡し…」

老人はちょっと考えこんだ。

「ひょっとしてフェリーのこと」

「そ、そう、フェリーです…」

「あんた…」

老人は呆れたように言った。

「フェリーなんてとうの昔にのうなっとる。瀬戸大橋も明石大橋もあるでな」

「そ、そうだったんですか…知らなかった。港で半日も待っていたんですが、一向に船が出る気配もなく…」

一馬はうなだれた。

「あんた。いつの時代のひと?
お若いのにかわいそうに」

「いや、その、コホン」

一馬は照れ隠しに錫杖でトンと地面をつく。

~stand by~

錫杖のLEDが点滅する。

「わ、たたたたたた…」

一馬は慌てたスイッチを切ろうと錫杖を振る。

~レディ~

「あわわわわわわ…!」

発動しそうになったので慌てて錫杖を振り回し。

~ライトニング シャフト~

「わあ!だめえだめえ…やめてえ!」

錫杖を抱えて一馬は走りだした。

老人は呆れて一馬をみていたが。

「かわいそうに……
おおい…カゼひかんようにな」

老人は走りさった。


つづく。(残り2話)