筆者の住む家の近くにも龍神様を祀る神社がある。
およそ大河と呼ばれる一級河川の側には必ず龍神を祀る神社があるのだ。
神社のパンフレットには必ずこの話が載っている。

それはそれはとても悲しいお話…

お万阿が川に飛び込んだと思いこんだ幼い尼たちは後を追うように入水自殺する。
これは作り話ではなく、川の近くでは必ずこのような人身御供(ひとみごくう)の伝承が残っているのだ。
これは暗黒の歴史。
幾多の若い娘の命が犠牲になった。
川を守り、川と共に生きる民族の宿命である。

ところで……

その後、お万阿はどうなったか?

自分の後を追い入水した尼たちの末路を知ったお万阿はどうなったか?

■■■

聡子は知った。

お付きの尼たちが死んだ。

(そんな…)

胸が張り裂ける。
大地が揺れる。
天がまわる。

聡子は走った。
その足が動かなくなるまで。
息が完全に切れるまで…

「桂泉院さま!」

聡子は叫んでいた。

「桂泉院さま!どこですか!?」

今、指を指し示したのは村人のひとりであったろうか。

うおおおおおおおおおおおおおお…!

地を揺るがすような絶叫のような嗚咽が聞こえる。

聡子は見た。

加古川のほとりに立つお万阿の方を。

髪ふりみだし、その爪は石をつかみ、爪折れ、おびただしい血を吹き出させていた。

うおおおおおおおおおお…おおおお!

聡子は思わず両手で耳をふさいだ。
見るに耐えず、その場にへたり込んでしまう。

「罪深い…罪深い…なんという…私は…地獄道に墜ちてしまった…」

お万阿は合掌した。

「私はもう…生きてはいけぬ…」

その手はガクガクと震えている。
震えは両手を伝い、全身を瘧のように震えさせた。

聡子は思わず、叫んだ。
「違います!桂泉院さまは悪くない!桂泉院さまが死ぬ必要などどこにもないんです!桂泉院さま!どうか生きていて!
お願い…!」

お万阿はヨロヨロと立ち上がった。
くるりと聡子の方を振り返る。
その目は壮絶…
非業…

唇をきっと噛み締めたかと思うと、イヤイヤをするように首を小さく横に振った。

「…さとこ…わたしも嫌です。誰も死ぬのは嫌…」

「桂泉院さま!」

聡子は涙で前が見えなくなった。
お万阿の姿が涙でにじむ。

「さとこ…おねがいです…」

お万阿が聡子の方をふりむいた。

「私で…最後にしてください…」

そう言うと、合掌したまま後ろに倒れていった。

ゆっくりと。

後ろは川。

お万阿の姿は消えた。
濁流がお万阿を飲み込んだのだ。

「いやあああああああああああああああああああ……!」

聡子の悲鳴が川面をこだました。

その後の話は白龍神社の伝承にある。

読んでみよう。

少女たちの死を知ったお万阿の方の嘆きはいくばかりのものだったのでしょうか。
やがてお万阿も入水しました。
その直後。川の中から巨大な白蛇が姿を表しました。
白蛇はゆっくりと天に登るように空へ登ってゆきました。
その背中にはお万阿の方の姿が。
それはそれは美しい神々しいお姿だったといいます。
白蛇はやがて天で虹にかわりました。

天かけよ。
この橋を。
この橋は白龍なり。
ひとの世にあり、ひとのかけ橋とならん。

■■■

ゴオン!

藤枝一馬の一撃は鐘を真っ二つに叩き割った。
ミジャグジ神の体は光の粒となり四散した。
鐘の中には。

「二代目様!」

鐘の中に閉じこめられていたのは葵星女、本間セツであった。
本物の…

戦いの最中、ミジャグジは葵星女と入れ替わった。
しかしてなお、ミジャグジの狙いは葵星女にあった。
かつて葵星女はその霊能によって、ミジャグジを封じ込めたことになっている。
その時、葵星女15歳。
その時の恨みでミジャグジは若い娘ばかり狙ったのか?

しかし…

「うう…」

本間セツがうめいた。
苦しげな絞りだすような声だった。

「さ、聡子…」

「ああ、おばあちゃん…」

本間美紀子がセツを抱き起こした。

「…み、美紀子さん…さと、さとこは…?」

美紀子は唇を噛み締めてただ、うんうんと頷いた。
セツは半目を開いて美紀子を見ていた。
その頷く表情の意味を知ってか知らずか…

「聡子はいま…とても遠いところにいるな…」

セツは遠い目をしていた。

「ワシの命にかえても…さとこを…」

セツは握りしめた数珠を高くつきだした。

「オン…サラ…サリ、ダマン…ダラ、サリ…ヤ…」

呪文を唱えていた声が急にとだえた。
ガクリと力が抜けると、そのまま…

「おばあちゃん…!」

数珠の糸が切れ、バラバラと玉が転がった。

つづく。