聡子は眠る…

夢の中。

細く長い光の管をすり抜けるように進んでいく。
意識は体を離れ、空間を時間を飛んでゆく。

聡子は街道を歩いていた。
どこだろう?
知らないところだ。
旅をしているのか。
聡子はひとりではない。
同世代の女の子たちが一緒だった。
みな袈裟を着ていた。
白足袋とわらじ。
編み笠をかぶっている。
みな僧侶なのだ。
わかい尼の集団。
みな十代、11、2歳から19歳。
どうひいき目に見てもそれいじょうには見えなかった。
若い尼たちが旅をしている。
楽しい旅ではない。
かといって逃避行でもない。
一行は粛々と歩いている。

どこへ行くのだろう?

道の真ん中に赤い目をした白蛇がいた。

一行のゆく手を阻むように道の真ん中でとぐろを巻いている。

蛇が聡子たちに聞いてきた。

(どこへ行く?)

問われて、一番年かさの尼が答えた。
年かさといってもまだ19だ。

「この道は春日へつづく道。我らは桂創寺へまいります」

白蛇は鎌首をもたげた。

「この先は加古川。川が氾濫している。
昨夜、川の橋が落ちた。先へは進めぬ」

年かさの尼は眉をひそめた。

「困りました…」

まだあどけなさを残した顔に剃髪したての、くりくりした頭が痛々しい。

「旅の銭が底をつき、今日いちにち分しかないのです。日が暮れるまでに春日に着きたかったのですが…」

年かさの尼は一行を振り返った。
お付きの尼たちは八名(聡子を入れて)

みな幼い。
野宿などには馴れていない。

「桂泉院さま…」

尼のひとりが言った。

「私たちは大丈夫です。桂泉院様の行かれるところ、どこへでもお供します」

桂泉院と呼ばれた年かさの尼は深く頷いた。

「この先に村がございましょう。そこで一夜の宿をもとめてみます」

桂泉院は白蛇を振り返った。
蛇の姿は消えていた。

一行は進んだ。

村があった。
裕福そうな村ではない。
朽ちた建物。
つぎはぎだらけの着物を着た村人。

(今はいつの時代なのだろう?)

桂泉院と呼ばれた尼は、村人のひとりに声をかけた。
村人たちはひどく困った顔をしていたが、桂泉院たちに空き家のひとつを閨として提供してくれた。

桂泉院…

時の将軍、三代徳川家光は女ぎらいで知られている。
正室の気性があまりに激しく、また醜女であったため、女ぎらいとなった。といわれている。
家光はあらゆる女性を遠ざけて暮らしていた。
しかし、そのままでは世継ぎが出来ぬ。
慌てた側近たちは家光の好みそうな女性を片っ端から側室として迎えいれることにした。
お万阿もまたそのひとりであった。
もとは姫路の庄屋の娘のお万阿はたいそうな美人であった。
たちまち将軍家の目に止まり、家光の側室として迎えられることとなった。
お万阿の家族はたいそう喜んだ。
大奥へ迎えられれば、その家は三代潤うといわれた時代である。
しかし、お万阿の家族の喜びも長くは続かなかった。
将軍家光の女ぎらいは徹底していて、お万阿は家光と顔を合わせることもなく離縁となった。
当時、身分の高い貴人に嫁いだ女たちは離縁になれば、出家して尼になるのが通りである。
お万阿の方も尼寺へゆくことになった。
奈良の桂創寺。
お万阿は桂泉院と名を変え、世話役の女性たちとともに奈良へ赴く途中であった。

桂泉院たちが泊まった家はたいそう古びていたが、村人たちが夕食にと差し入れたたくさんの包みを開いた桂泉院たちは驚いた。
目に染み入るような白米の握り飯である。
村人たちは裕福ではない。
芋やひえ、その他の雑穀を常食としており、貴重な白米を見ず知らずの旅の僧侶にくれてやるわけもない。

何かある…

桂泉院は村長に問うてみた。
「実は…」
村長は言いにくそうに切り出した。

村の川、加古川は毎年氾濫する。
今年もその季節がやってきた。
毎年多くの犠牲者が出る。
川の神、龍神様に生け贄をささげねばならないが、村にはもう生け贄となる若い娘がひとりもいなくなってしまった。
ひどい願いとは思うが、お前さま達の誰かひとり龍神様へ身を捧げてはくれまいか。
というのである。
桂泉院はたいそう驚いたが、
「わかりました。私は離縁になった身。仏にお仕えする身、私でよければ喜んで生け贄になりましょう」
と言った。


つづく。