~ストームホイール~

藤田健吾の投げた円盤、法輪が唸りをあげた。
巨大な黒い影。
すべてを飲み込む禍々しき邪悪なる影の中に確かに赤い光がふたつあった。
それこそミジャグジの目。
すべての生物を石化させる目である。
藤田健吾の投げた法輪はその赤い光に吸い込まれた。
と、思うまもなく、何かを切り裂く擦過音とともに凄まじい悲鳴がこだました。
それは女の声のようでもあり、獣の声のようでもある。
一枚の法輪は確実に赤い光を消し去り、弧を描きながら藤田健吾の手に舞い戻った。
もう一枚の法輪は惜しくも赤い光をかすめ、ケヤキの大木にあたり、メキメキという生木を引き裂く音とともに高さ十数メートルの神木を切り倒した。

「…惜しい…逃したか…」

藤田健吾は下唇を強く噛んだ。

「そ、それは…?」

中原が呆気にとられていると。

「ふふふ、鹿島は諏訪より百年先をいっているのだよ。カビのはえたような札や鈴は使わぬ。科学的に霊や魔を研究しているのだ」

藤田健吾が影のいたところを指差した。
「見よ。ミジャグジの血だ」

法輪の切り裂いたあとに血だまりが出来ていた。
赤い血は見る間にドス黒い汚色にかわり、その流れはウネウネとうごめく黒い蛇に変わった。
蛇はあわてたように向きを変えると寺の軒下に這いいって姿を消した。

「行くぞ」

藤田健吾はしっかりした足どりで本堂へ進んだ。

「ちょっ…ちょっと…待って…」

藤田健吾は本堂に足を踏み入れた。
ひんやりした堂内は気味悪いほど静観を保っていた。
正面に不動明王像がある。
脇に両脇に普賢菩薩像と文殊菩薩。
文殊の高くあげた腕が折れていた。
今、まさに折れたかのような生々しい折れあとをのぞかせている。

「……」

黒く磨きぬかれた床板の上を何かが通り過ぎたような跡がある。
衝立が倒れている。
装飾品のツボが割れている。
後ろから恐々、中原がついてきていた。
いつのまにか緑川も合流している。

藤田健吾が足を止めた。
倒れたふすまのかげに何かを見つけたからだ。
倒れたふすまを片手でパンと払いのける。

「ひっ!」

中原と緑川が同時に悲鳴をあげた。

女がひとりふすまの下敷きになって倒れていた。
若い娘だ。

藤田健吾は娘にかがみこんで息を確かめた。
意識を失っているが怪我をしている様子はない。

「お前たちのよく知っている娘だろう?」

背後で中原と緑川が争うように首を縦にふる。

「…生きているのか?ありがたいのう…よかった。よかった…」

藤田健吾はジロリとふたりを睨んだ。

「お前たち。この娘を生け贄にしようとしたくせによくもぬけぬけと…」

中原と緑川は首をすくめた。

「ミジャグジはここではない。どこへ消えたか…」

藤田健吾は立ち上がった。

ゴオオン…

鐘の音がひとつ。

「ひっ…!」

中原と緑川が飛び上がった。

藤田健吾がゆっくりと振り向く。

■■■

「おのれ!ミジャグジ!焼き殺してやる!」

佐藤清一が跳躍した。
己の長身を持て余しながらも、そのからだは猫科のしなやかさを持っている。
寺の屋根を鞭のように進むミジャグジに狙いを定めた。
五鈷秤の発動スイッチを入れる。

~レディ~

佐藤清一はミジャグジの頭に狙いを定めた。
五鈷秤から絞りだすように熱球が放たれる。

~バーニングショット~

邪気に満ちた美浜寺の空に熱弾が飛ぶ。

ごお…!

熱弾は見る間にミジャグジの頭を貫いて落下する。
紅蓮の炎はミジャグジの長い体をたちまちのうちに炎上させた。

「やったか…!」

炎の蛇体は荒ぶる波のように全身をのたうち、美浜寺の壁に激突した。

シャシャシャシャシャシャシャシャ…!

きな臭い煙とともに美浜寺の屋根と柱が炎上する。

「い、いかん!火事になっちまうぞい」

佐藤清一はあわてた。
燃え上がる蛇体は渦を描きながら、その勢力を落とすことなく、美浜寺の鐘楼にとりついた。
そこにはさいぜんから地に落ちた鐘がある。
炎の蛇体は鐘にぐるぐると巻きつくと、自ら炎を吐き、鐘を焦がさんばかりに炎力を強めた。

まるで最初から狙いは鐘であるかのように。

オンデイ、サラ、マンディサンデイ、オンデイ、サラ、マンディ、サンデイ…

呪言が聞こえる。

「佐藤師範!」

藤枝一馬がやって来ていた。本間総一郎も一緒だ。

「おう…!」

佐藤清一がうめいた。

「大丈夫か?」

「師範こそ…」

「ほざくわ…! しかし奴、変ではないか?なぜあの鐘にこだわる?」

藤枝一馬は鐘を見つめた。
ミジャグジの狙いはもう完全に鐘にあるようである。
鐘を焼き尽くさんと、呪言と炎を吐き続ける。

藤枝一馬がつぶやいた。

「まさか…?」

オンデイ、サラ、マンディ、サンデイ、オンデイ、サラ、マンディサンデイ。

「鐘の中に誰かいるのか…?」

つづく。