それは、私の身に何が起こったのか?を記すことです。
それは、離婚をきっかけにはじまります。
子供たちを育てると覚悟をして離婚を決めたときに、
自分らしく楽しめることを何かひとつやろうと、ふと思った。
(☆振り替えると、覚悟したことで、神様からギフトが与えられた瞬間だった)
すぐに、ベリーダンスという踊りに出会い、知らなかったけど、やってみることにした。
その後、楽しくて夢中になり、
そしてすぐに、不思議な身体の感覚を覚える。
一番始めの不思議は、脳が入れ替わる感覚だった。
(振り替えると、これは錬金術の変容が始まっていたときで、無を体験したときだ)
そのうちにさらに知らない感覚が続く。
脳が入れ替わる、視界がぼやける、など、
通常の見える感覚とは違う。そんな中で踊ることが不思議だった。
このころには自分の身体の感覚があまりにも不思議で、
踊りがとても未知なるものだと感じ、だから、踊りって何か?を追求し始めるようになる。
ちょうどそのころに、学んでいた先生がやめられ、後任として、講師をさせていただけるようになる。
自分が先生になることを機に、
自分がなぜベリーダンスをするのか?なぜ日本で異国のベリーダンスをするのか?そんなことを考えたあるときに、神社にいった。
神社の太鼓の音が聞こえ、巫女さんが鈴をもち舞う姿をみて、
「踊りとは、祈りや儀式だったんだ」と知った。、
ベリーダンスで感じた不思議は、まさにそれだと、
あの不思議な身体の感覚と不思議な空間がまさに、異世界のものであり、
あれは神の世界のかけはしの空間だったんだと、確信する。
踊りが祈りと気付き、私の感じている異世界のとおりに舞うことを決めた。
(自分の魂の声を具現化するに繋がる。)
それが自分の独自の祈りのための、和の踊りをつくるきっかけになった。
祈りのための踊りをつくり、講師としてスタートした。
その後、レッスン中にすべて(自分)が消える(ない)という、不思議すぎる体験をする。
世界も自分も、すべてが消える(何もない)。
消えたのがわかったのは、戻ってきたから。
何もない、というのは、
何もないすらない、すべてが消える、ということ。
消えて戻ったから消えたのがわかったけど、
消えたままだったら、消えたことにも気付かない。
幽体離脱は見てるから在る。
神様や宇宙を見たとしても、物質じゃなくても意識があれば、それらは、在る。になる。
ない、ではない。
このころはこれらの不思議感覚の意味がわからなかった。
スピリチュアルも仏教も、哲学も宇宙のことも、このころは何もしらない。
知識なんて一切ない。
けど、、、、身体におきた感覚は、今まで生きてきてしらなかったこと。
だけど、それらは、私の現実の真実だった。
このころには、お腹の中にある不思議なものもみつけていた。
今思うと、このすべてが消える、体験が、空で。
空がパイプになるものだとわかる。
ますます、不思議な感覚が強くなり、
衝撃的な不思議な体験をする。
あるときに、突然、宇宙の映像が見える。そして宇宙空間に浮かぶ地球が見える。
その様子は衝撃的すぎた。(ここでは書けません)
夢でもなく、意識朦朧としているのでもなく、何かの誘導瞑想でもなく、セラピーでもない。
不思議なものがみたいとかもなく、何も意図もせず、
むしろ意識がはっきりとあるとき。
それは平成から令和に変わるタイミングと同じとき突然起こった。
この映像が見える事態、何がなんだか意味がわからず、自分でもかなりパニックになった。
ただ、令和で、見えない世界も、時代が変わったことだけはわかった。
踊りの不思議な身体の感覚の追求だけだったのが、
この、宇宙空間の映像がみえたことを機に、本格的な研究になっていく。
がむしゃらに、無我夢中に、研究が進んでいく足枷になる。
それは、証明ではなく、
ただ、解明したいだけだった。
あれは、なんなのか?
わたしの身に、何が起こっているのか?
現実に起こる不思議な現象と、身体の感覚。
直感で感じて動けば、すべてが、辻褄があう現象がおきた。
私の探求心は、ただ、解明したい。それだけだった。
その後、oshoの弟子、シャンタンさんとの出会い。
子宮の癒しを教えるシャンタンさんに、あなたは、私と同じ、と言われる。
シャンタンさんの出会いで、スピリチュアルの世界を知る。
そこで私が体験した不思議な感覚をすべて伝えたら
繋がってるんだとおっしゃられ、地球のことや瞑想のことなどを、教えていただけた。
スピリチュアルを突然知ることになるが、実際の体験した感覚があったので、
それらの真実はすぐにわかったし、逆も同じ。
そして、研究がさらに進んだとき、
特定の大地に行くと、あの不思議な感覚が感じられることに気付いていく。
これが、大地から得た、錬金術の賢者の石の発見に繋がる。
この感覚の大地は、1ヵ所ではなく複数に存在する。
複数だったからこそ、
ある仕組みやルールが同じだと気付けた。
これがヒントになり、賢者の石を発見した。
錬金術は大地から得るもの。
科学ではなく知識でもなく、イメージや感覚ではない。
まさに、物質(肉体)からの金の錬成だった。
それが、いずれ四大元素に繋がることも、このときは知らなかった。
そしてのちに、この「賢者の石」が、
空海を調べてたどり着いた、「マニ宝珠」、
旧事本紀の「まかるかえしのたま」、
神様の交代、など、
これらと深く繋がることも、このときは何も知らなかった。
後半へ次回つづきます
