この前 こんな雲を 見かけました。


私には 鳳凰が 羽を広げて 悠々と 左方向へ飛んでいるような・・・
そんな感じに見えたんですけどね。 
(想像力って すばらしいね ^^)



例えば 意識 というと 
非二元の教えなどでは 究極の「それ」 
普遍で 不変で 果てしなく広がる という感じがあり


マインド というと
思考する心 なんていう 感じで 使われていたりして
ちょっと マイナス?的な 感もあるのですが・・・・・・



チベット仏教では 限りなく澄み渡った マインド


というように 明らかに 「それ」を指している言葉として 使われたりするようです。
英語で 書けば さしずめ 大文字で始まる Mind って 所でしょうか。


小文字の mind だと 私達の通常の マインド
上の写真のように 大きく広がる雲だけに注目しているマインド でしょうか (^^)



そして それは コップに入った濁った水(小文字のマインド)を
じっと置いておくと
やがて 濁りは底に沈み
清浄な水(大文字のマインド)が現れる


という風に いわれたりします。


決して 仏陀のマインドと私達のマインドは違うものではないんだと・・・・・・

鳳凰一部

お二人の かわいらしい老女の方に お会いしたことがあります。


お一人は 認知症が ひどく 
ごく普通に会話もできるのですが 被害妄想があったり・・・・・・

何度か お会いするうちに


突然 はっきりと 「死ぬのは怖くないの」 と おっしゃった事がありました。


それが 結局 私が お会いした最後の日になったんですが・・・
ちゃんと 心の準備が 出来ているようでした。


そして もうひと方は

認知症 プラス 失調症 も ある方で

眼が合うと にこにこされてますが それ以外は だんまり


この方も 突然

♪ あとの ことぉなぁどぉ わからないぃぃ ケセラ セラァ~ ♪

(後のことなど 解らない ケセラセラ)

って 一節だけ 歌われて 黙られてしまいました。


智慧の言葉であるなぁ と 感心したのですが・・・・・・



旅立ちに備える (死に備える)という ワークショップで
例え 麻酔や こういった意識障害?のようなものがあっても


決して曇る事のないマインドはある


と チベット仏教の師ヤコブは いっていました。





亡くなられた ゴエンカジも ヴィパサナ瞑想をやって(観るということをして)いれば

ほかの事と同じように
死も また 
「やってくる やってくる やってくる」
「やってきた」
「過ぎ去った 過ぎ去った 過ぎ去った」
となる と 講話で 話されてました。





そして (この身体と心が) 生きているうちに 死ぬように
と 覚者の方々は いわれます。



でも 再び (目覚めて) 生きることを忘れないようにね・・・・・・(^^)



今夜は 13日の金曜日で 満月ですか・・・・・・

どうぞ 大きな月を お楽しみくださいね。

因みに 今日は 

仏陀が 生まれた日 悟りを開いた日 なくなられた日 らしく

ものすごい吉兆の日なんだそうです。



皆様 素晴らしき一日を過ごされますように。