僕のワンワン2(中編小説) | ぞっと…笑って下さい。道化猫くっきーの小説ブログ“笑う猫の夢”

僕のワンワン2(中編小説)

――くそっ!!

先程から幾度となく悪態をつく俺を、
隣のデスクに座る田原がオドオドと伺う。

「ジロジロ見てる暇があんならビラ配りでも行って来やがれ!!」

俺の怒声にびくりとした貧相な背中が脱兎のごとく駆け出す。

「けっ!」

夕べは散々だった。
ウサを晴らす為に
高い金を払った客であるこの俺が
何故あんなイカれたホモ野郎にコケにされる言われがある!?

「くそっ!」

なんとかあのホモ野郎に吠え面を掛かせる方法はないだろうか?

「ただいまです…」

「うわぁ!!」

出し抜けに背後から声を掛けられ
飛び上がった俺は振り返り様に怒鳴り付けた。

「てめえ!荒井!いつも言ってんだろうが!いきなり声を掛けんな!」

「はぁ…」

フケだらけのボサボサの髪、
ずり落ちそうな黒ぶち眼鏡、
その奥に沈む
ガマガエルを思わせる
陰気で粘着質な目。

そして、
その風貌を裏切らない
薄気味の悪い所作…

社内の女共はもちろん、
男からも敬遠される
この“給料泥棒”を
俺は近々社長に言ってクビにする肚だ。

俺はフッと溜め息を付いた。

「本当にお前ときたら…それなんとかならねえのか?」

「はぁ?」

ポカンと呆けるカエル面に
余計に胸が悪くなった俺はそれから目を反らした。

――こいつの上司である俺ですらこの様だ。こんな気味の悪い野郎に家訪なんかされた日にゃあ客は話を聞こうとするどころか…

――ん?

不意に思い至った素晴らしいアイデアに
俺はニンマリとほくそ笑んだ。

「おい!荒井!」

「はぁ?」

凄まじいまでの不気味な呆け面に
俺は頼もし気に笑い掛けた。

「お前今夜暇か?」

「は…はぁ…」

当然だ。
こんな野郎にアフター5の予定なんかある筈がない。

「今夜俺に付き合えよ。」

俺は頬を綻ばせて続けた。

「いい所へ連れてってやるぜ…」




「いらっしゃい…あら!純ちゃ~ん!」

「おう!今日は昨日の2人を呼んでくれよ。」

例によって揉み手で迎える支配人に、
俺は機嫌良く応じた。

「あらっ!お気に入りになったのね!正美ぃ~!明ぁ~!ご指名よ~ぉ!!」

甲高い支配人の声に苦笑する事5分…

「いらっしゃいませ!」

「…らっしゃい…せ…」

昨夜とは逆の順で
2つの声が重なる。

「純一さんまた来てくれたんだ!」

昨夜の事など
まるで忘れたかのように
野郎が無邪気な声を出す。

「おう!明!」

俺はいかにも気に入ったかのように
奴の肩をポンと叩く。

「昨日は悪かったな…」

俺の心にもない謝罪に対して
我が意を得たとばかりに
ほくそ笑むところを見ると
やはりまだまだガキだ…

「なんの事でしょう?僕酔っちゃってなんにも覚えてないんで…」

ぬかせ!
その空とぼけ面も今夜でお仕舞いだ。

「明…」

なるべく深刻な面を作った俺は奴に向き合った。

「俺も相当あちこちで飲んでるけどよ…お前程の奴は見た事はねえ…」

「ありがとうございます!」

いかにも嬉し気な笑みを作ってはいるが、
その細めた目の奥には
当然だと言わんばかりに何の感情も浮かんでいない。

どこまでも虫の好かねえ野郎だ。

「それでだな…お前を見込んで頼みがあんだよ…」

「なんでしょうか?」

瞬時に奴の目に警戒の色が浮かぶ。

「いや…実は今日は難しい奴を接待しねえといけなくてな…」

「はぁ…」

「地主なんだよ…」

もちろん大嘘だ。

「ああ…お仕事のご関係ですね。」

目から鼻に抜ける野郎だ。

大概の奴は
俺の職業を裏社会だと踏む。

「すごく気難しい奴でな…」

これはある意味本当だ。

「あいつをちゃんと接客出来る奴なんて俺の知ってる店には居ねえ…」

居るわけねえ…
あんな金にもならねえ根暗で薄気味悪い奴など…

「そのお客様を僕が担当させて頂ければいいんですね?」

なんだそんな事かと細い首をすくめる野郎に
俺はニンマリと応じた。

「さすがに物分かりがいいな!昨日はお前に会えて来た甲斐があったぜ!」

「僕もですよ。純一さんと知り合えて嬉しいです。では、その気難しいお客様と正美君と4人でこの出逢いに乾杯しましょう。」

奴が片膝をついて手をのべる。

相変わらず芝居掛かってやがる…

苦笑を冷笑に変えた俺は
席を立ち、
携帯の発信ボタンを押す。

「おう!荒井か。なんだ。お前まだ食ってやがんのか…段取り出来たからさっさと来いよ…」

俺はニヤリと笑って携帯を畳んだ…