塔の作家・小津安二郎 その12「母を恋はずや」③ 萬翠楼福住と小津安二郎。 | トトやんのすべて

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猫写真。
ブンガク。
および諸芸術作品への偉そうな評論をつづっていくブログです。

「母を恋はずや」「浮草物語」の1934年――

「全日記小津安二郎」をながめていると……

 

六月二十八日(木)

井上金太郎上京

湯本 福住に行く

湯に這つて(トマス注:這入つて) ビールを呑み 明け方近く 就床

まことに涼しい

この日ユニホームをきて野球練習をやる

 

九月六日(木)

朝所長から電話あり 出社

監督 脚本部長 宣伝部長 ニウス部長 庶務部長 箱根湯本福住にて会議

江川宇礼雄退社の件 即決

のち小田原 春日に行く

 

湯本 福住 ってあれですかね?

僕が去年5月泊まった 萬翠楼福住ですかね?

まったく気づかずに聖地巡礼をしておりました(笑)

 

温泉宿で会議とは優雅だな。

会議につかったのは↑↑ この15号室かな??

 

まったくこの記述には気づかずに泊まっていたのはうかつであった。

となると、小津安っさんもまたこの建物を見ていたのかもしれないな……

いや、見たのだろう。見たんです。

 

萬翠楼福住さん、HPに小津安二郎とのつながり 書いといた方がいいですよ。

宿帳とかあればなぁ……みたいねぇ。

松竹蒲田の面々のサインとか最高だなぁ……

 

ちなみに……

まだ 当ブログ去年5月の箱根旅行の記事をみていないあなた。

見ないほうがいいですよ。

「古い旅館の部屋は苦手」「天井がミシミシ鳴って怖い」

とか軟弱な、女の腐ったような(笑)ことばかり書いてありますので……

 

□□□□□□□□

閑話休題。

「母を恋はずや」の分析は今回で最後。

この映画、後半は 「逢初夢子祭り」(笑)ですな~

 

えんえんチャブ屋のシーンばかりですので

チャブ屋とは一体なんなのか? 引用します。

 

チャブ屋とは外国船員相手のバー、ダンスホール、そして私娼を合わせたホテル。英語の chop house(安食堂)がなまったものらしい。マドロスを通じて世界中に「本牧のチャブ屋」の名は通っていた。大正九年(一九二〇)頃には本牧チャブ屋は二十六軒を数えた。

(草思社、アイランズ編著「東京の戦前 昔恋しい散歩地図②」104ページより)

 

実際にそのチャブ屋で遊んでいた人――

30歳当時の小津安二郎の日記をみれば……

 

一月十七日(水)

山中 岸ルパンにあり 至急来られよとの電話あり

井上 筈見来りルビッチを論ず

のち かほるにて鯛茶漬 筈見と別れて四人

浜に向ふ 第三キヨホテルに行く

この日山中日活本社に行き中谷貞頼より百円をもらふ

〈この金みんなのんだらうやないかい〉

 

そんな1934年です。

 

S67 ホール

一隅に貞夫と光子、いる。貞夫、憂鬱に卓子に凭って考え込んで居る。

 

陰鬱に気取っているわがまま坊ちゃん・貞夫。

こういう店にとっては一番いやな客だろうなぁ。

 

いちおう前回の笠智衆のお勘定を持ってきたので、

追い返すわけにもいかないし、といったところか?

 

背後のポスターが「+」です。

槍ですけど「塔」のショットとみていいかな??

 

フィルムアート社「小津安二郎を読む」によれば

フランス映画の「ドン・キホーテ」のポスターだそうです。

 

光子役はデビュー間もない逢初夢子。

 

松竹撮影所は、

デビュー間もない女優さんには

とりあえず娼婦役をやらせてみる という伝統があるのだろうか?

と何度か書きました。

 

↓↓以下、2枚 清水宏「有りがたうさん」(1936)の桑野ミッチー

 

逢初夢子も桑野通子も 「期待の新人」で入所してきて

まずは娼婦役で使われてる。

 

たぶん気だるげに歩いて 気だるげに喋ればどうにかなる役だからなのだろう(??)

現代の女優さんとかはどうなのか?

さっぱりそこらへんの事情は知らない。

 

↑↑うしろ姿は 主人公の上原謙です。

 

しかし、着物の縦じまのシャープな線と 桑野ミッチーの丸っこい輪郭の対比がおもしろいです。

そしてバスの窓という「ワク」……

 

S70 スタンド

「お前さん、親不幸だね」

貞夫、図星を指され「えッ」と光子を見る。

光子、笑って「ほら」と、自分のささくれの指を見せて、

「ささくれの出来る人は 親不孝なんだってね」

 

逢初夢子としたら話のきっかけにそんな話をしたんだろうに、

ナイーブに傷ついて チャブ屋を出て行く大日方伝です。

 

掃除婦役で飯田蝶子。

 

飯田蝶子上を見上げる。

 

逢初夢子下を見おろす。

上下方向の視線の交錯。

 

背後のポスターは フランス映画「にんじん」

「にんじん」はすみません、読んだことも見たこともないのですが、

あれでしょう?

親子の葛藤が描かれてることもあって、ここで使われているわけですよね。

 

――しかし、こういう「文学的」な方法、

小津安二郎がやっちゃいけない気がする。

どこか姑息な気が……

 

あくまで「映画的」に攻めて欲しかった。

 

しかし……

 

この当時の小津は この表現がかっこいいとおもったのか?

わざわざクロースアップ……↓↓

 

で、三井秀夫との兄弟げんかにつなげます。

が、どこからどうみても甘ったれてるとしかおもえないんだよな。

この大日方伝のキャラクターは。

 

前回紹介したシーンとは 視線の方向が逆ですね。

ちょうど「出来ごころ」の大日方伝×伏見信子のカップルと同様のパターンです。

前回見上げていた三井秀夫が 今度は見下ろす。

前回見下ろしていた大日方伝が 今度は見上げる。

 

S72 貞夫の室

「帰って来たんなら、母さんに謝ったらどうだい!」

「何だって母さんを泣かせたんだ」

 

「俺達にはたった一人の母さんなんだぞ」

「よしんば事情がどうあろうと

母さんを泣かせるなんて兄さんは馬鹿だよ」

 

兄をぶん殴る三井秀夫

 

S73 外

「塔」のショットですが、

この作品の塔はことごとく斜めになっているような気がする。

 

 

「兄弟」+「電柱のある郊外の道」

というので 「生れてはみたけれど」の名シーンの再現なわけですけど……

「生れてはみたけれど」は電柱はまっすぐですね↓↓

 

貞夫、嘲る様に、

「せいぜい大事にしてやれよ」

と言うと、其儘サッと身をひるがえして一方へスタスタと歩み去る。

 

などとカッコつけてますが、

ようするにチャブ屋に入り浸るだけのことです。

 

S74 家の中

「あの子は立派な事をしようとしたんだよ」

「兄さんは私の本当の子じゃなかったんだよ」

「そんな事をお前に知らせまいと思えばこそ、

お前の大学の手続もみんな兄さんがしてくれたんだよ」

 

などと泣く吉川満子の背後に「+」

 

のちの「晩春」(1949)「麦秋」(1951)で成功する あまりに思いやり深い家族同士の葛藤というテーマですが、

「母を恋はずや」ではどうも空回りの印象です。

 

S75 校庭の庭の梢

 

まあ、「塔」のショットでしょう。

ただ、今までポプラのような スッと真っ直ぐに立った樹木が多かったのですが、

この作品の木はやはり斜めです↓↓

桜かな??

 

白塗りが目立つ三井秀夫。

 

この「塔」のショットもやっぱり斜め。

 

「+」がたくさん。

 

S76 ベーカリー

S77 一隅の席

 

なんともすっきりしたモダンな構図です。

 

S75から 登場人物の視線が皆、下向きです。

この子の場合は帳簿をつけているんでしょうが↓↓

 

笠智衆が登場。

つまり、大日方伝がチャブ屋に入り浸っていることが

弟の三井秀夫に知られたわけです。

 

このあたりとくにセリフもなく、無駄なアクションもなく、

実にうまく処理されています。

 

S78 光子の部屋

「また今日も暮れちゃうんだなあ」

光子、言う。

「帰りたけりゃ、お帰りよ」

 

という、貞夫君の優雅な生活です。

お勘定はどうするつもりだったのかな??

 

ところで逢初夢子の背後のポスターが気になります。

例の「小津安二郎を読む」によると、

1918年の Come On In (「連隊の花嫁」)なる映画のポスターだというのですが、

これはフランス映画の「連隊の花嫁」(1933)のほうではないのか?

 

どちらもどんな映画だかわからないのですが、

フランス映画の「連隊の花嫁」(1933)は 主演がアニー・オンドラだそうな。

 

アニー・オンドラというと ヒッチコックの「恐喝」(1929)のヒロインで、そっちならみたことがある。

 

ヒッチコック×トリュフォーの「映画術」に

英語が話せないアニー・オンドラを主演に

イギリス映画初のトーキー作品を撮った苦労が語られていますが……

 

そもそもなんでそんな人をヒロインにしたのか?

ブロンドで ヒッチコック好みの美貌で 脱ぎっぷりがいい、というのはわかるのだが。

イギリスにはそんなに美人が少ないのか(笑)

 

「映画術」の記述だとドイツ人女優のようだが、

じつはチェコ人らしい。

(大英帝国の人間にとってはドイツもチェコも同じなのか?)

 

フランス映画の「連隊の花嫁」にでているということは、

あちこちの国の映画に出演しているんだろうが……

今はググってみてもよくわからない過去の人になってしまっている。

ただ長生きはしたらしい。

 

もとい、アニー・オンドラのポスター(?)がある部屋から

「塔」を眺めるというショット……だが、

 

S79 窓の外

気象台の旗が見える。翩翻。

 

本牧のチャブ屋からこんな風に見えるものだろうか。

むろん、そんな「リアリズム」などはどうでもよくて

 

小津に大切なのは「塔」と 「+」という暗号です。

 

毎度毎度おなじみ……

 

主人公たち、上を見上げる。

→視線の先には巨大構造物(塔)……

という黄金パターン。

です。

 

で、母の登場。

 

「僕に何か御用ですか」

「僕は母さんなんかに用はありませんよ」

 

「お願いだから母さんと一緒に帰ってお呉れ」

 

などというイマイチぱっとしないコトバの応酬。

たぶん、こういうのがウケるとおもってしまったんだろうなぁ……

 

チャブ屋を舞台になにか描いてみたかったのはわかる。

だがそれに「母モノ」を組み合わせてしまったので

たまらなく痛々しい作品になってしまった……

 

はい。

で、「階段」――

 

以降、小津安二郎が遺作まで描き続けることになる「階段」が登場します。

 

また「塔」――

 

ものすごい顔をして「塔」を見上げる大日方伝。

 

だが、観客のほとんどは感情移入できない……よね?

 

ここでカメラが水平に移動します↓↓

で、NO.3 などと壁にペイントされているところから、

 

これが噂の「第三キヨホテル」か。

などと思い知るわけであります。

 

大日方伝もカメラと一緒に水平移動しまして

下を見おろします。

 

このあたりは「非常線の女」

三井秀夫&水久保澄子が 逃走する岡譲二を見下ろすシーンに似ています。

 

S87 街路(見た眼)

母、少し遅れて幸作、服部、悄然と歩み行く姿が見える。

 

一体どこの町並みでしょうねぇ。

 

S88 光子の室。

「お前さん、大芝居だったね」

 

――というのは観客全員の感想ではないでしょうか?

 

「よっぽど大向うから 声かけようと

思ったんだけど――」

と、容赦なく畳みかけます。

 

で、映画の残りの部分は

逢初夢子劇場、です。

 

これなんか↓↓

モダンな構図で、ちょいと額に入れて部屋に飾りたいようです。

 

 

光子、口をモグモグさせてサンドウィッチを皿にのせて持って入り来る。

貞夫、横になったまま動かない。

光子、見やったが、フト「オヤ」と思い、

 

――ここでぷっつりとフィルムは切れてしまいます。

以降、

 

「お前さん泣いてるね」

そして続けて、

「泣くくらいなら あんな大芝居しなきゃいいじゃないか」

貞夫、無言。背を向けたまま動かない。

光子、それに拘泥せず、窓辺に行き凭れて外を眺める。

 

という風にシナリオは続きまして……

さらに S96で貞夫は帰宅

S98で家族仲直りのシーンがあった模様ですが……

 

さいごのお涙ちょうだいのシーンはいりませんね。

光子――逢初夢子が、サンドウィッチを持ってきた時点ではなしは終わっているわけですから。

 

サンドウィッチは 「3」ドウィッチなのでしょう。

当然のことながら 「2」枚のパンで真ん中の具を挟んだ 「3」の食べもの。

 

それは第三キヨホテルの「3」であり、

三人家族の「3」でもある。

 

大日方伝は帰宅するより他なかったわけです。