塔の作家・小津安二郎 その5 「非常線の女」① | トトやんのすべて

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および諸芸術作品への偉そうな評論をつづっていくブログです。

で、ようやく……

 

10、「非常線の女」(1933)

なわけですが、

書くことが色々あるので何回かに分けます。

 

「その2」だったか、「晩春」の壺――

あれが「塔」だったんじゃなかろうか?

などとめちゃくちゃな推論を書いたのですが、

 

「非常線の女」では

この白いポットが↓↓

「塔」なんじゃなかろうか? と疑っております。

 

また暴論を吐きます(笑)

シナリオの

S93・S94 あたりで

田中絹代の演じる時子が目にする、あの白いポットです。

金持ちのボンボンに口説かれた時子が

やっぱりケンカ別れした襄二(岡譲二)のところに戻ろうと決心する、

あのポットです。

 

S24 襄二の部屋

一同入り来る。

各自にくつろぐ。

襄二、乱暴にオーバー上着など脱ぎ、放り出す。

時子、ガスストーブに点火してから、襄二の着物を

世話女房らしく片づける。

彼女、ふとみさ子の方を見る。

 

このあたりにはじめて白いポットが登場します。

 

で、小津安っさんがすさまじいのは、

塔=白いポット=時子(田中絹代)

この構図でしょう。

 

田中絹代=白いポット

というイメージ操作をするために、

逢初夢子の黒いドレスは選ばれたのだとおもいます↓↓

 

ちなみに「全日記小津安二郎」には――

 

1933年2月18日(土)

絹代 逢初と大木に非常線の女のドレス注文に行く

 

等々 ドレス関連の記述があり、衣装には気合が入っていることが

うかがい知れます。

 

↑「黒」の逢初夢子

(いかにもワルそうに写ってますが、この何年かあと 「隣の八重ちやん」の

清純そのもののヒロインで大ブレイクします)

 

に、対して、

↓「白」の田中絹代

 

あたいなんかのことで

本気で気をもむ

お前さんかい?

 

今夜もホールで三度も

みさ公の頬っぺたに触った

じゃないか!

 

痴話げんかのシーンで――

 

蓮實重彦先生あたりも お気に入りらしい、

絹代たんのセクシーショット……

 

これも「塔」のショットとみたいわけですよね。

わたくしは。

 

つまり、ものすごい複雑なイメージ操作をしているわけです。

まず逢初夢子と田中絹代の 「黒」「白」の対比で

田中絹代=「白」のイメージを作る。

 

つづいてドレスがはだけてしまう あのセクシーショットで

田中絹代=「円柱」=「塔」のイメージを作っているんだとおもいます。

 

そして観客は無意識に

塔=白いポット=時子(田中絹代)

この構図を植え付けられてしまうわけです。

 

彼女が円柱状のタバコを持っているのも効いています。

 

小津安二郎にリアリズムとか 自然主義とかを求めると痛い目に合います。

この天才は

スクリーン上の幾何学的な操作にしか興味がないのだとおもわれます。

 

逆に言うと――

小津映画をみて

「これは不自然だ」とか 「これはリアルじゃない」とか いう反論は

野暮の骨頂で……

 

小津本人からすれば

笑止

でしかなかったでしょう。

 

で、この

塔=田中絹代

が出現した直後に……

 

重要人物の宏(三井秀夫)が登場するという流れです。

 

S24

宏公の奴、いっぱし与太モンに

なりやがったなあ

 

S25 街(昼)

仙公が、与太モンの一人にそう言って、

一方をアゴで指す。

 

というこのあたり、

街をあるく宏――三井秀夫の背後は

電柱(塔)だらけ。

 

……にしてもオサレな街並みです。

どこで撮ってるんだろ。

 

S26 ショウウインドの前

 

背後の街灯 ビルディングも「塔」とみたいところです。

 

んで、水久保澄子登場!!

「塔」が出現すると、何かが起きます。

 

S28 店内

レヂスターの所に、宏の姉、和子がいる。

真面目な温和しい娘である。

彼女、客を迎える様に立ち上る。

が、弟と分ると、一寸困った顔。

 

以下、書物からの引用です。

 

水久保澄子

 大正五年、東京生れ。洗足高女中退後、松竹楽劇部をへて、蒲田に入社。昭和七年、菊池寛原作、成瀬巳喜男監督の「蝕める春」でデビュー。その名の通りみずみずしい可憐さで人気をよんだ。それ以前の女優といえば、いかにも華やかな美しさを第一条件とするものがほとんどだったが、喜劇や毒婦型、猛女型を別にすれば、物語のヒロインで美人でないものはまずいなかった。そんなところへ、この子供っぽい、事実、まだ女の匂いなどすこしもない少女が、隣り近所の娘さんとつき合う気易さで出現したのだ。

(社会思想社・教養文庫、猪俣勝人・田山力哉著「日本映画俳優全史・女優編」267ページより)

 

小津安っさんはこの人のどんなところに惹かれたのだろう?

以下、「全日記小津安二郎」

 

1933年6月29日(木)

キャンデーでクリームソーダをのんで水久保に会ふ

 

9月20日(水)

昨夜 さむざむとした藁ぶとんの寝台で夢をみた

服部の大時計の見える銀座の二階で

僕がビールをのんで

グリーンのアフタヌンの下であの子はすんなりと脚を重ねてゐた夢だ

 

11月15日(水)

一寸会つて話をしてゐる間に前歯にプラチナを入れたことに気がついた

 

等々……等々……

(クリームソーダなるものはこの頃すでにあったのか……)

 

水久保澄子出演作品をいろいろ見てみたいものだが、

「非常線の女」以外だと、

「玄関番とお嬢さん」(1934)という トーキー映画のほんの抜萃だけしかみたことがない。

 

以下、2枚 「玄関番とお嬢さん」↓↓

 

どうもアイドル女優というような扱いだった彼女を……

 

いたずらっぽく笑っちゃってるこの子を↑↑

 

割烹着なんか着せて、

ひたすら無表情で、

セリフといえば 弟を叱ってばかりというキャラクターを演じさせたのは

ひねくれ者の小津安っさんっぽい。

 

S32 和子と宏のアパート

このごろ

一緒にお夕飯たべた事あって?

 

一日のこと

楽しく話し合ったことあって?

 

で、そんな水久保澄子が

不良化しつつある三井秀夫を 更生させるべく……

 

不良の親分の岡譲二のところに会いに行くという流れですが……

 

まあ、けっきょく岡譲二は水久保澄子に惚れちゃうわけですが、

 

S36 街角

襄二、やって来る。身構えにすきなく、

四辺を見廻す。不審そうな顔。

誰も居ない。

角の反対側に、和子が立っている。

待ち兼ねた様に角へ出て四辺を見る。

襄二、和子に気付く。が売笑婦か何かと思い、

意味なく彼女のアゴなど触り、からかう。

 

このシーンは

たいていどのショットも 円柱状の「塔」があらわれます。

 

街灯だったり、排水のパイプだったり――

 

そしてタバコ。

 

あれでも

私のたった一人の

弟なんですの

 

どうぞ

貴方から

以前の宏になるように

仰有って下さい

 

こっちで引っぱってる

訳じゃないし、

そいつは一寸

お角が違いますね

 

アンチ小津が理解に苦しむ まったく視線の噛み合わない二人……

だが、小津ファンはこれがたまらないのよね……

 

そして、すごい構図の画面ですよ、これは↓↓

 

愛しの水久保澄子たんを真ん中に置かず……

「オレは塔(パイプ)を撮りたいんだ!」

とごねる天才・小津安二郎……

 

しかし、こんな変人では女の子の気持ちはつかめませんなぁ……

 

S38 クラブの外

襄二、宏に、

諦めてまともになれよ

宏、襄二を見る。

 

三井秀夫がベルトを持ってもぞもぞしてますが、

次回作「出来ごころ」で

大日方伝が伏見信子をみながらこんな動作をします。

 

彼らに限らず、小津作品において 手をもぞもぞさせるのは恋愛感情をあらわしています。

 

お前なんかどうせ

ロクな与太者になれっこ

ねえんだ

 

宏、口惜しそうに見る。

何か言おうとする。

と、襄二、いきなり宏をなぐる。

 

つまり――「非常線の女」は

異性愛(田中絹代&岡譲二 水久保澄子&三井秀夫)が

同性愛(田中絹代&水久保澄子 岡譲二&三井秀夫)に勝つ。

 

そういう物語である、という なんかフェミニズム批評めいた見方も可能です。

というか、上野千鶴子あたりがみたら そういう洒落くさいことを言いそうだな。

 

立ち去る岡譲二。

 

パイプだらけ。

なんだか大友克洋のマンガみたいです。

インダストリアルな。

 

たぶんこういうたまらなくカッコイイ画面とかに

山中貞雄は熱中したのかもしれない。

 

えー、で、

前回かるく触れました。

レズ・キスシーン。

 

S85 両人、肩をならべて歩いている。

 

ちょっとわかりづらいのですが……

田中絹代のお尻の左隣あたり↓↓

 

これって 神奈川県庁のキングの塔じゃないですかね??

まあ、なんにせよ、「塔」です。

 

私、襄二の

身内の者なんだけど……

 

和子、「まあ」と見る。がすぐ、親しげに笑って、

 

あの方には弟の事で、

とてもよくして

頂いてますの

 

電柱……木……「塔」です。

 

この映画で水久保澄子が笑顔をみせるのは

このショットだけかもしれない。

いや、たぶん、そうです。

 

時子、苦笑、

だからってあたしまでが

お前さんの味方じゃないわ

 

重ねて、

ことによると

敵同士かもしれないわ

 

で、横浜山手聖公会の登場。

「塔」です。

 

時子の手にピストルが、こちらを向いている。

彼女、やがてピストルに目を落し、

ピストルを和子の方へ差出す。

 

なぜ小津は女にピストルを持たせたがるのか?

 

あんた、これで

あたしを撃ちたくない?

 

和子「いいえ」と首をふる。

時子、「じゃあ……」と持ちかえる。

 

じゃあ

あたしが撃つわよ

 

シナリオでは「手を握る」と書いてありますな~

検閲とかなにかを意識したのだろうか?

 

検閲官「む、こ、これは……けしからん」

小津「なにがです?」

検閲官「キ、キスシーンではないのか?」

小津「やだなー、手を握ってるんですよ。手を」

検閲官「む」

小津「シナリオに書いてあるでしょ。やだなー」

 

とか勝手な会話を想像してしまう。

というか 当時キスシーンがアウトだったかどうか知らないですけど。

 

あたし、

憎いけど

あんたが好きになっちゃった

 

 

のちの大監督の木下恵介が、

この撮影を手伝っていて、

小津の構図への異常なこだわりにうんざりしたらしいのだが――

 

こういうのでしょうねえ↓↓

ロケなのにセットみたいにぴっちり決まってますね……

ああでもない、こうでもない、とキャメラを動かしたんでしょうねえ。

 

おそろしいですね。

田中絹代もこの道を何十回と歩かされたのかもしれんですね……

 

 

 

で、

このシーンのおわりに こんな「塔」が出現するのですが……

 

これってなんですか?

ご存知の方 ご教授願います!!

 

気象台のなにか? ですかね。

なにを測定するんだ?

 

清水宏の「港の日本娘」にも この「塔」は登場していて……↓↓

それによると どうも外人墓地のとなりに この「塔」はあるらしいんですが。

 

これは気象台の施設かな??

 

んー 清水宏は広角レンズが好きなのね~

次回に続きます。