今野緒雪「マリア様がみてる 黄薔薇革命」感想 | トトやんのすべて

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趣味の「マリみて」研究。

1冊1冊感想を書こう

――などと決心してしまったようです。この人は。

 

1巻目「マリア様がみてる」 (通称「無印」)は、さんざん感想を書きましたので、

今回は、2巻目「黄薔薇革命」です。

 

ま、「なんかやってるな」と無視してくださるのが一番です。

 

①あらすじ、というか山百合会の「構造」の変遷。

……まずは文庫のカバーの解説を丸写しします。

こんなあらすじです。

 

学園祭の夜にロザリオを受け取って、正式に祥子の妹(スール)になった祐巳。

紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)の妹としての日々が新たにスタートするが、思いがけない事件が待ち受けていた。

今年度の「理想の姉妹」(ベスト・スール)賞に選ばれた黄薔薇のつぼみ(ロサ・フェティダ・アン・ブゥトン)の

支倉令とその妹の島津由乃が、突然姉妹関係を解消したのだ!

二人の影響を受けた少女たちが自分のお姉さまにロザリオを返す事件が相次ぎ、学園中が大パニックになるが!?

 

――というのですが、作者は天才・今野緒雪です。

今野緒雪という人は、「月並みな物語」「ベタなドラマ」で作品を組み立てるようなお方ではないのです。

 

たとえば、ですね……

身内の急死、親の事業の失敗、異性もしくは同性に一目惚れしてうんぬん、

あるいは反発しあっていた二人がいつしか惹かれ合うボーイ・ミーツ・ガールもの等等

そういったテレビ・ネットにあふれかえっているステレオタイプとは無縁のお方。

 

じゃ、なにを元に小説を組み立てるのか?

というと、今まで何度も見てきました「構造」なのです。

 

結論を言ってしまえば、

◎「黄薔薇革命」もやっぱし

山百合会の「構造」の危機を「儀式」で救う物語である。

――わけです。

 

じゃ、「構造」の変遷をみていきましょうか。

「黄薔薇革命」冒頭の 山百合会の「構造」は以下の通り。

 

状態①

無印の「マリア様がみてる」にて、桂さんがいっていたとおり

「黄薔薇は三年二年一年、すべて安泰じゃない」

(集英社コバルト文庫、今野緒雪「マリア様がみてる」17ページより)

というわけです。

 

さらに、「黄薔薇革命」のオープニング……

支倉令も島津由乃も、そんなお嬢さま街道を逸れることなくまっすぐ歩み、――今に至る。

(集英社コバルト文庫、今野緒雪「マリア様がみてる 黄薔薇革命」9ページより)

――と、

あたかも 反・「構造」こと、

祐巳ちゃんの曲がったタイ

をバカにするかのように、作者は、令&由乃の「まっすぐ」さを強調するのです。

 

ところが福沢祐巳ちゃんは この安泰ぶりに「違和感」を覚えてしまいます。

 

 何か、不思議だ。

 黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)と令さまが姉妹だなんて。それは祐巳と祥子さまのようなスリリングな関係ではないし、白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)と志摩子さんのような自称「似たもの同士」という関係とも違って、どうしてかつかみ所がなかった。

(同書33ページより)

 

祐巳ちゃんの不思議……違和感は

読者の違和感ともパラレルです。

紅薔薇姉妹(祥子&祐巳) そして 白薔薇姉妹(聖&志摩子) 彼らがくっつくまでにはいろいろ紆余曲折あったのに、

なぜ黄薔薇だけが「安泰」で「まっすぐ」なのか??

 

「まっすぐ」なだけに 「つかみ所がない」わけです。

 

あ、でも?

この本のタイトルは「黄薔薇革命」!?

……え、革命??

 

一体何が??……

 

で、状態②

あたかも 祐巳ちゃんやわれわれ読者の願望に沿うように……

 

セーラーカラーの襟の延長線上にあるタイの結び方は、全校一美しい形と定評がある、彼女こそ黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)その人である。

(同書53ページ

 

まっすぐの代表。

黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)、鳥居江利子さまの調子がおかしくなります。

(さいごのさいご、親知らずが虫歯になったことが判明するのですが)

 

状態③

つづいて 詳細は書きませんが、

由乃ちゃんが令さまにロザリオを返す……姉妹(スール)を解消するという事件が起こります。

 

表は、

島津由乃→姉妹を解消し、かつ、病欠で学校に来ない。

鳥居江利子、支倉令→抜け殻状態。亡霊状態。

であることを示します。

 

状態④

で、とうとう黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)・鳥居江利子さまが 学校に来なくなりまして――

(入院。妊娠疑惑が起こる)

 

黄薔薇ファミリーは完全崩壊します。

令さまだけが 抜け殻ですが、かろうじて登校。

 

状態⑤

ですが、さいご。

島津由乃→心臓の手術に成功

支倉令→剣道の試合に勝つ

鳥居江利子→親知らずを抜く(妊娠疑惑は事実無根)

で、三人とも復活。

 

なおかつ、

 でも、由乃さんはまたやってくれた。

 由乃さんは、今度はなんと、令さまをマリア像の前に呼び出して(!)、自ら「妹にしてください」と頭を下げたのだ。

 学年が下のものからお別れするのももちろん異例だが、それ以上に姉妹になることを申し込むなんて絶対ありえないことだった。おまけに、一度こちらから解消した相手に、って。皆、またしても大騒ぎになってしまった。

(同書204ページより)

 

令&由乃の姉妹(スール)も復活で めでたしめでたしという 山百合会の「構造」の変遷でございます。

 

由乃ちゃんは

「ロザリオを返す」という、反・儀式で、「構造」を一度ぶっ壊し、

それと同時に 自分の身体の「構造」もぶっ壊し、(心臓の手術)

さいご

「妹にしてください」という、再・儀式によって 「構造」をさらに強化する。

そういう動きをみせたわけです。

 

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②反・物語

 

この本はあたかも、

今野緒雪の「通俗物語批判」

とでもいうような様相を呈しております。

作者自ら、

「あたしゃ「物語」は壊すよ! 「構造」で書くよ!」

とでも宣言しているかのようです。

 

以下、教室における由乃さんと祐巳ちゃんの会話。

 

「由乃さんは、家ではフリルのついたエプロンをつけてクッキー焼いたり、レースのテーブルクロスを編んだりしていそう」

「好きな飲み物はミルクティーで?」

「そうそう。それで白い猫を飼っている」

「うん。そんなイメージ」

 レースやリボンや小花柄。

 スカートだったら、タイトよりもフレア。

 コートはAライン。

 好きな果物はストロベリー。

 色はブルーよりピンク。

 アイスクリームが好き。クッキーが好き。キャンディーが好き。

 英語や現国は得意だけど、数学と科学はちょっと苦手。

 女の子が「女の子らしいもの」と思いこんでいるイメージって、あまり変わらないのかもしれない。少なくとも由乃さんとはその点一致して、大いに盛り上がってしまった。

「でも、はずれ。私、全然そんな女の子じゃないの」

 由乃さんは言った。

「そうなの?」

「そう思われがちなのよね」

(同書61~62ページより)

 

由乃さん、

通俗的な「女の子」という物語を壊します。

まあ、3巻以降お読みの読者は、この子がどんどん暴れ者になっていくのを目にするわけですけど――

 

あと、反・物語、いろいろあるんですけど……

 

「あれはね、由乃さんごっこなの」

 放課後の廊下を歩きながら、蔦子さんは嫌なものの話をするかのように、横を向いて言った。

「由乃さん、ごっこ――」

 あまりにしっくりはまりすぎて、祐巳はその先の言葉をなくした。

(同書111ページより)

 

これは由乃ちゃんが 令さまとの姉妹(スール)関係を解消した、その直後に学園に起こった混乱――

姉妹関係の解消が相次いだ、そのことを

カメラちゃんこと蔦子さんが批判しております。

蔦子さん流の「物語」批判。

 

あとは白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)・佐藤聖さまは

その存在自体が 「女子高生」という物語を批判しているようです。

 

「悪い、濃いお茶入れてくれる?」

 白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)は、ドラマでよく見る課長のような口振りで言った。テーブルに広げた紙面から視線を上げずに、ちょっと猫背。これじゃまるで「おやじ」だ。

(同書96ページより)

 

それから、引用はしませんが、

美少女・藤堂志摩子さんは この巻ではひたすらギンナンの実を収集することに熱心で あまり登場しません。

登場人物が「物語」を無視!!

ひたすら自分をやりたいことをやっている「黄薔薇革命」です。

 

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③島津由乃=トリックスター

 

3巻以降の島津由乃ちゃんの暴れっぷりを知っている読者にとって、

2巻の由乃ちゃんは「ああ。初回はこんなおとなしかったんだ」という感じですが……

それでもトリックスターの片鱗がそこかしこに見えてきます。

 

トリックスターに関して、いろいろ文献はあるのですが、

スタンダード中のスタンダード 山口昌男先生の 「道化の民俗学」を引用しようと思います。

 

山口先生は ギリシア神話中のトリックスター ヘルメス神について以下のようにまとめています。

 

 このように物語化され擬人化されたヘルメス神話を、神話素とでもいうべきものに還元すれば、次のごとくなろう。

(A) 小にして大、幼にして成熟という相反するものの合一

(B) 盗み、詐術(トリック)による秩序の擾乱

(C) 至るところに姿を現わす迅速性

(D) 新しい組み合わせによる(亀の甲と牛の陽皮から琴を発明)未知のものの創出

(E) 旅行者、伝令、先達として異なる世界のつなぎをすること

(F) 交換という行為によって異質のものの間に伝達(コミュニケーション)を成立させる

(G) 常に動くこと、新しい局面を拓くこと、失敗を怖れぬこと、それを笑いに転化させることなどの行為、態度の結合

(新潮社、山口昌男「道化の民俗学」84~85ページより)

 

 ヘルメスは、闇と月を同時に現わすいわば「白夜」の世界に属する――(中略)――暗闇と光、冥界と此岸の世界、死と生誕、男性であることと女性であること、幼さと成熟、いたずらっぽさと厳粛性、狂気と正気の境にこの意識は根ざしている。そのおのおのどちらでもあり、どちらでもなく、それらの対立の消滅する瞬間、そういったものこの意識は源泉として持っているのである。

(同書100ページより)

 

「黄薔薇革命」における 島津由乃ちゃんの属性を

上の山口昌男先生のA~Gにあてはめると……

(A)小にして大、幼にして成熟→◎

じつは「姉」である令さまよりしっかりしている。

(B)盗み、詐術→◎

姉妹解消は、けっきょくさいご結びつくことを前提としているから、

「詐術」ともいえます。

(C)迅速性→◎

由乃さん、行動が突然すぎます。

(D)新しい組み合わせ→◎

姉妹解消&手術によって、黄薔薇ファミリーの構造が生まれ変わった。

(E)異なる世界のつなぎ→◎

(F)異質のものの間にコミュニケーション→◎

この事件を機に、いままで疎遠だった祐巳と仲良くなった。

(G)失敗を怖れぬこと→◎

心臓の手術を決心する。

 

と、全部当てはまっています。

あと、

「死と生誕」

→とうぜん心臓の手術。

 

「元気そうじゃない」

「元気じゃないわよ。麻酔切れてから傷口が痛くて痛くて、さっきも痛み止めの注射打ってもらってやっと楽になったんだから」

「……痛いんだ?」

「だって皮膚切って、心臓いじってまた閉じたんだもの」

(集英社コバルト文庫、今野緒雪「マリア様がみてる 黄薔薇革命」190ページより)

 

「男性であることと、女性であること」

→由乃の愛読書は池波正太郎であること、その他、けっこう趣味嗜好がけっこう男っぽいこと。

 

由乃ちゃんは、3巻以降と比べると、まだ大人しいのですが

それでもやはり「トリックスター」の片鱗をみせているのです。

 

ただ、

さすがに心臓の手術をする人にだけ 「トリックスター」役を押し付けるのは忍びなかったのか??

この巻ではいろいろな人に 「トリックスター」性を分け与えている。

なんか分業で「トリックスター」をやっている感じがします。

 

わかりやすいのは、令さま。

……令はミスター・リリアンという不思議な賞をも受賞してしまった。

「ミ、ミスター……?」

 予想に違わず、由乃は目を丸くして笑った。

「ときどき、勘違いした下級生が『お兄さま』なんて呼ぶからいけないんだ」

(同書40ページより)

 

 令さまのドアップ。学園祭のダンスパートナーだったから、多少免疫あるけれど、それでもやっぱり迫力ある。髪型のせいかな。制服着てても、やっぱり美少年にしか見えない。

(同書152ページより)

 

と、一種 両性具有的に描かれています。

(令さまがじつは、女の子女の子した存在であることが描かれるのは 3巻目以降になります)

 

主人公祐巳ちゃんもやはり、トリックスターの役割をわりあてられていまして、

以下、いつも鋭い 祥子さまのセリフですが……

 

「それで、何? あなた、令と由乃ちゃんの伝書鳩やっているわけ」

 あきれたようにつぶやいてから、祥子さまは祐巳の髪に結ばれているリボンの形を直した。

「伝書鳩っていっても、毎日じゃありませんし。一方的に由乃さんに令さまの様子を知らせているだけで。そうだ、これから一緒に由乃さんの病院に行ってみます?」

(同書160ページより)

 

と―― 山口昌男先生いうところの、

(E) 旅行者、伝令、先達として異なる世界のつなぎをすること

(F) 交換という行為によって異質のものの間に伝達(コミュニケーション)を成立させる

なる役割を、祐巳ちゃんがはたしていることがわかります。

 

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その他、いろいろ書きたいことはきりがないのですが、

今回はこれまでにしておきます。

 

しかし……小学生高学年でも読める内容・少女漫画みたいなカバー&挿絵。

でありながら、

内容は濃いです。高度です。

ほんとすごいです。「マリア様がみてる」……