アントニン・レーモンド作、星薬科大学本館(1924) その1 | トトやんのすべて

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猫写真。
ブンガク。
および諸芸術作品への偉そうな評論をつづっていくブログです。

雨の中。星薬科大学のオープンキャンパスに行きました。

 

荒俣宏先生の「大東亜科學綺譚」という本で――

この学校を作った星一(はじめ)が紹介されていて……

 

で、この人の作った「星商業高校」というモダアンな学校の写真も多数掲載されており……

それを見て以来、ずっとこの建築は見てみたかったのですが、

 

「星商業高校、今は星薬科大学というのか……」

「大学、というと、なんかコネでもないと見学できないかしら??」

とか思いこんでいたのですが、

 

調べると、オープンキャンパスなるものがあるとわかり……

なんなく見ることができました。

 

外観はこんな感じ。

正面には星一先生の胸像が。

 

荒俣先生のご本引用しますね。

 

東急池上線の戸越銀座駅を降りて数分歩くと、大正11年に星一が設立した〈貧乏で親孝行な青年〉のための〈星商業高校〉に出会う。現在は、〈星薬科大学〉と改められたが、巨大なドーム式のみごとな講堂を備える大正期コンクリート建築の偉容は、当時のまま残されている。設計はアメリカ人建築家のアントニン・レイモンドによるもの。正面には蝶ネクタイをした星一の胸像が見える。

(ちくま文庫、荒俣宏著「大東亜科學綺譚」107ページより)

 

というのだが……

だ、誰だぁ!

星先生の胸元に5円玉を突っ込んだのは!!

 

やっと長年あこがれた建築に会ったわけですが……

実物をみたわけですが……

 

外観は、まあこんなものか。という感じ。

 

「まあ、こんなものか」の理由としては……

 

僕の建築の好みとして

「中身」と「ガワ」はなんらかの関係性を持つべきだ。

というのがありまして――

 

その好みにどうも引っかかってこない。のですな。

 

この建築の見せ場は

①ドーム天井の大ホール

②スロープのみで構成された階段室

この2つだとおもうのですが……

 

①は ↑↑ この遠くからの写真でおわかりいただけるように、

ドーム天井がある、というのはわかるわけですが……

(ただ、近づくとわかりづらい。その点不満)

 

②は、なんか全然アピールしていないとおもう。

僕の勝手な提案だが、

1階~3階ぶっとおしの縦長の窓にした方がよかったんじゃなかろうか?

ねえ、レーモンド先生?

 

構造的にどうなのか? とか

そもそも大正時代にそのサイズの窓が作れたのか? とか を完全に無視した提案ですが……

 

あと、このアールデコ文様レリーフも……

帝国ホテルのエントランス部分の 異星人が作ったような超絶レリーフをみてしまうと

ちと弱い気がする……

(レーモンド先生は ライト先生の帝国ホテルの工事監督をやったあと そのまま日本に居ついちゃった人)

 

んーはやいはなしが お師匠のライトのあの「狂気」(凶器?)を見てしまったあとでは

このファサードは大人しすぎるような気がしました。

 

――まあ、そんなことを思いながら、建物内部に潜入です。

 

↓↓こんな感じ。 白&黒は自由学園とおなじですな。

「学校建築はすべからく白&黒にすべし」とかいうライト教の教えでもあるのだろうか?

 

星薬科大学のホームページによると 13:00から キャンパスツアーとかいうものをやる。

と書いてあったので、 それに合わせていったのですが、

 

入口あたりにおられた職員らしき方に その旨きいてみると――

ちょっと困ったような顔をされて……

 

「あの、入学希望の高校生のためのガイダンスがありまして」

 

――などといわれてしまい大変困った。

あの、サラリイマン生活十年ちょっとなのですが……とか思いつつ、

 

「建物を見せていただきたいのですが」

ときくと、

「あ。それでしたらご自由にどうぞ」

ということでした。

撮影もご自由に、とのことでした。

 

――高校生向けコースを勧められた件ですが、

このあと、お手洗いに行った際、ふと鏡に映った自分を見ると……

スヌーピーTシャツ&雨に濡れた髪の毛

の自分は 我ながらやけに幼く見えました……

 

なるほど。スヌーピーTシャツのせいであったか……

 

もとい、講堂です。

これはすごいです。

 

東京の片隅に……

まさか、こんなものが隠れているとは……

 

天井は星……☆のイメージだそうです。

 

荒俣宏「大東亜科學綺譚」には……

星一の息子、星新一の写真が載っているのですが……↓↓

(そうそう、星一、あの星新一のお父さんです)

 

この写真の背景の謎の空間は一体何なんだ? とずっと疑問だったのですが、

星薬科大学のホールだったのですね。

 

ついでだから引用しておきましょう。

 

今をときめく作家星新一氏は、本章の主人公星一の長男として生まれた。この年齢の離れた二人は、近代の家庭にありがちな父子の確執を知らず、まるで夢のような昔話と冒険を語る祖父と、想像力に火をつけられて聞き入る孫のような、ある種の交感を続ける関係であったという。たとえば星氏の本名〈親一〉は、氏の父がモットーとした〈親切第一〉の標語を直接に受け継いだものである。氏の作品の中には、父の評伝『人民は弱し 官吏は強し』がある。

(同書98ページより)

 

んー 〈親切第一〉……

 

となると、この建物の

地味ぃぃぃな外見は……

 

けっこうゴージャスな「中身」を反映していない「ガワ」は……

 

あるいは星一の好みであったのかもしれんですな。

 

あ。そうそう うろうろと写真を撮っているうちに

大学の職員の方(おそらく)

によるガイドが始まったのでついていったのですが、

 

その方の説明によると 星一の母校 コロンビア大学のホールを模したものであるらしいです。

 

ただ……

私のような建築好きは おそらく……

 

フランク・ロイド・ライトの映画劇場案を思い出すのではあるまいか??

 

彰国社、谷川正巳編著「図面で見るF.L.ライト 日本での全業績」p74 ですが↓↓

 

ライトのスタッフだったレーモンドはおそらくこの案を知っていた? のではあるまいか??

 

なんとなく似てます。

いや、別に

「おまえ、マネしただろ!」といいたいのではなく、

 

レーモンドの頭の片隅には どこかこの案のイメージは残っていたのではあるまいか?

 

えー 以下、ディテールです。

ステージの下の部分。

 

おそらく金属パーツ。素朴なデザインがいい感じ。

 

ステンドグラス。

望遠ズームを持ってくればよかった。

 

まさか、建築撮るのに必要になるとはおもえず、

あと、重いし、家に置いてきてしまった。

 

なんとも愛らしい感じですが――

 

職員の方によるとオリジナルではないそうです。

オリジナルは戦時中の灯火管制のときに 黒く塗りつぶしてしまって

その塗料が落ちなくなってしまったとかで ダメになり、

 

であらためて作ったものだそうで、

「本学で栽培されている薬草をモチーフにしております」

とのこと。

あと、ドアも気に入りました。

 

レバーを上げるか下げるかすると、開く? のだろうとおもわれます。

どっちにしろ、こういう方式は始めてみました。

 

もちろん

大好きなマイナスねじ!!

 

あと、このパーツ↓↓

 

トラックのうしろにくっついているのはよくみるのですが……

(ドアを固定するパーツ)

 

建築物でははじめてみたような気がする。

昔はこれがふつうだったのか??

 

お次は照明。

ですが、

明治村の帝国ホテル(のレプリカ)

を見ちゃうと、

 

……あの「光の柱」と比べると、

なんか物足りない。

 

なんというか 素朴 というか 古拙 というか、

いい雰囲気ではありますが。

 

むろん 最新式のLED電球がはまっております。

 

えー大講堂は以上。

次回、スロープだらけの階段室をご紹介。