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ここで新生UWFの社長に就任した神さんについても触
れておきたい。のちに渦中の人になってしまう神さんで
あるが(ベンツを乗ったり、マンションを3件購入したり
会社の金を使い込んだりと、前田に追及されることにな
る)。好きか嫌いかで言えば、俺は好きだった。

旧UWF時代から新生UWFにかけて「中野龍雄」とい
うプロレスラーは神さんに育ててもらったような部分も
あり、俺自身も大きな信頼を寄せていた。

神さんは人を育てるのが巧く、プロデュース能力も秀で
ていた。前田さんがプロレス界を超越したスター選手に
なったのは、神さんの功績によるところも大きいと俺は
思っている。

チケットの手売りが当たり前だった時代に、チケットぴ
あへの委託販売をいち早く行ったのも新生UWFだ。そ
の他にもメディアなどと連動した広告展開、レーザー光
線を用いた演出やクローズドサーキットの導入など革新
的な手法で「新生UWFはプロレス界の先端を走ってい
る」というイメージを作り上げることに成功したが、こ
れらは神さんが主導して行った戦略である。

当然、選手契約も事務所で神さんと交わした。新生UW
Fは年俸制で、新日本に上がっていた頃よりも金額は格
段によくなった。

アップしたのは給料だけではない。俺たち若手はそれま
で後楽園ホールには電車で通っていたのだが、専務の鈴
木博浩充氏に「これからはタクシーで会場に入ってほし
い」と言われた。

「大切な看板選手なんだから、プロとしての自覚を持っ
てほしい」と。

そんなこと言われると、こちらの背筋も自然と伸びる。
当然、タクシー代は自腹ではなく、会社の経費で落ちる
し、ケガや病気などでの治療費も会社が持ってくれた。

会社がそれだけの環境を作ってくれたのだから、俺はプ
ロとしての責務を感じずにはいられなかった。

この新生UWF時代は解散するまで待遇は良くなる一方
で、一度たりとも下がったことはない。(新生UWFの
最終期は前田が自費で若手の給料を払っていたころがあ
ったという。「このお金はもらえません」と返金したの
は高田と山崎のみだった)

旗揚げ当初は合宿所に住んでいたが、途中から自分でマ
ンションを借り、クルマも買うことができた。

そういう部分において、俺は今でも新生UWFに一ミリ
の不満もない。

クルマを買ったというのだから、このころあたりか。

バットマンの覆面をかぶって、フェアレディZに乗って
多摩川の河川敷をパトロールしていたという。

中野ならではの怪行動であるといえる。(週プロのコラ
ムに載ってた)