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前田は、選手の体格が大きいほどよく面倒を見た。

田村潔司にも、リングス在籍時に「あと10キロ体重を
増やしたら、俺が女やったらやらしてあげるのになぁ」
って言ったりしてた。

長井満也や山本宜久もガタイがいいから、ハッパをかけ
られた。

体格が小さいものに対しては「誰がこんなん入れたんや
」と態度が違ってた。

しかし、前田は、後にも述べるが、中野に対しては度量
のいいところを見せている。曲がったことが嫌いで、野
武士然としたところが気に入っているのだと思われる。

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さて、前田の留守番電話からである。

久々に聞く前田さんの声は、勇み立って東京に戻ってき
た俺を少しばかり動揺させた。しかも、丁寧な口調がの
っぴきならない事情を物語っていたように思う。

「至急話したいこと」の内容は、本人に確認せずとも容
易に推測できた。前田さんが立ち上げようとしている新
団体への勧誘以外に考えられない。

このとき、新生UWFを解雇された選手たちは3派に分
裂することになったが、実質的には高田さんを中心とし
たグループ、藤原さんを中心としたグループの2派に分
かれて、前田さん一人が孤立していた形になる。

もしかしたら、東京を離れていた俺がどちらのグループ
にも属しておらず、まだ宙に浮いていると思って、電話
してきたのかもしれない。

俺はすでに進路を決めていたので、前田さんに何を言わ
れようとも、仮に頭を下げられようとも固辞することに
なる。そのときの空気を考えたら、とてもではないが顔
を合わせるどころか、会話を交わす気にもなれなかった。

だから、先輩に対して失礼千万なことは承知の上で、前
田さんには折り返しの電話を入れなかった。この件につ
いては、今でも申し訳ないと思っている。

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時は流れて、97年7月4日のWAR両国国技館大会。

この興行は旗揚げ5周年、天龍革命10周年、天龍さん
のデビュー20周年のトリプル記念イベントとして開催
され、前田さんもお祝いに駆けつけた。

前田さんは控室にやって来るなり、大きな声で「中野、
いる?」と俺を探している。

「お久しぶりです」

「お前はなんで天龍さんのところには出て、俺のところ
(リングス)には出てくれないんだよ」

文字にすると冷たい印象を受けるかもしれないが、その
口調は非常に柔らかく、前田さんなりの温かみが感じら
れた。

「いつもスケジュールが被ってしまい、申し訳ありませ
ん」

俺がそう答えると、前田さんは「ええよ、ええよ」と笑
いながら控室を出て行った。

新生UWFが解散した際に俺が留守電をスルーした件も
忘れてしまっているようで、前田さんとは笑顔で再開す
ることができた。

俺から見たら、前田さんは面倒臭い部分もあるにはある
が、このようにどこか憎めないところもある。前田さん
とは今でも顔を合わせれば、普通に会話ができるし、特
に何のわだかまりもないのだ。