1970年生まれ、滋賀県出身。ALLIANCE主宰。
実業団で柔道部に所属し、1994年、リングスでデビ
ュー。1998年、アメリカに拠点を移す。同年3月、
「UFC16」でキモに、10月「UFCBrazil」でビ
ート・ウイリアムスにそれぞれ判定勝ちを収める。20
00年、リングス、KOKでエメリヤーエンコ・ヒョー
ドルにドクターストップ勝利。リングス解散後は、UF
C、パンクラス、アブダビコンバット、DEEP、新日
本プロレスなどで活躍。2006年に現役引退。現在は
後進の育成に励む一方、解説者としても活躍する。
▽単身アメリカへ
玉袋:TKは前田道場という強くなる環境を捨ててシア
トルにいくわけじゃない。俺はあのとき、“脱走犯”だ
と思った。TKはショーシャンク刑務所から先に抜けた
ティム・ロビンスじゃないかと思ったんだよね。
椎名:ファンはみんなそう思ってましたよね(笑)。
玉袋:TKの顔的にはモーガン・フリーマンだけどね。
(笑)。でもあれ、円満だったんでしょ?
高阪:前田さんには1年くらい前から「海外に目を向けて
やっていきたいです」って伝えてあったんですよ。
椎名:きっかけは何だったんですか?
高阪:モーリス(スミス)と試合した後、モーリスの道
場に招待されたんですよ。そのとき向こうの連中のMM
Aに対する思い入れだったり、ギラギラした熱意に触れ
て、「このままじゃ、日本はヤバいな」って思ったんで
すよ。
自分は1996年からシアトルに行き始めて「やばいな
」って感じ始めて、1998年には「向こうに住むしか
ない」ってことでシアトルに引っ越したんですよ。
玉袋:あのとき、リングス・ジャパンの他の選手は話さ
なかったのかなぁ。「このままじゃ日本はヤバくなるか
ら、アメリカに行かねえか?」とか。
高阪:言ってないですね。
玉袋:うわ~、凄え。一人で気づいて、一人で実行した
んだ。
高阪:「これはマズいな」と思ったんで、そこで自分は
“番場番の親父”のやり方しかないな、と。
玉袋:「侍ジャイアンツ」ね。クジラの胃袋に自ら入っ
て、腹を裂いて出てくるという。
高阪:「分かんなかったら飛び込んじゃえ!」ってやり
方のほうが、手っ取り早いと思って。
玉袋:でも、普通はそこで前田さんとの関係でしくじっ
たりするんだけどね。「リングスじゃダメなのか」って
話になったり。そこを円満でできたのが凄えよ。
高阪:「自分が向こうに行って、アメリカの選手がリン
グスに上がる状況を作る糸口になれる」とか、そんな話
もしたんですよ。
ガンツ:うまいこと言っちゃったんですね(笑)。
高阪:いや、マジメにそう思ってたんです。逆にそうな
らないとリングスはヤバい。
高阪が、前田と、高田に絶妙な距離感を取って振舞って
いるのは正直凄いと思う。いまの前田・高田関係をみる
どっちかに偏った立ち位置にいると「おまえ、どっちの
子分だ?」ってなる。高阪が虚心坦懐に誠実な行動を取
ってるからこそ、今のポジションがある。
高阪の、ジムがオープンしたときに、「高阪剛さん江・
前田日明」「高阪剛さん江・高田延彦」と、二人の名前
の花輪が並んでたのには、感動した。
★ ★ ★
▽謙虚なモーリス、中学生に教えを乞う
玉袋:向こうの練習はどう思ったの?
高阪:けっこう衝撃的でしたね。ある日、モーリスが1
人でサンドバッグ相手に練習してた時、中学生ぐらいの
会員が、「モーリス、そんなキックじゃダメだよ。ノー
グッド」とか言ってるんですよ。
椎名:中坊がダメ出しですか。
高阪:モーリス怒るんじゃないかと思ったら「何がダメ
なのか教えてくれ」って言って、その中学生も「回し蹴
りはちゃんと腰を回転させて、こうやらないとダメだよ
」なんて言って。モーリスも「サンキュー」で終わりで
すからね。
玉袋:普通はシメられてるよね。
高阪:自分も「モーリスどうなの?」って聞いたら、「
実はあいつは回し蹴りを習ったばかりだから、基本に忠
実な回し蹴りが頭にある状態なんだ」って言うんですよ。
やっぱりモーリスはベテランだから、自分でも気づかな
いところで、ヘンな癖がついてしまっている。「そうい
うときは、純粋なヤツの意見を聞くのが一番なんだ」っ
て。
玉袋:日本の縦社会では考えられない発想だね。
高阪:だから、当時の環境とかいろいろ考えると、「こ
れはアメリカに行くしかねぇんじゃねえか」ってなった
んですよ。
ガンツ:当時、リングスファンもそれは感じてましたよ
ね。「リングスは完全な総合格闘技になるしかないんだ。
UFCの連中やグレイシー柔術に勝つために、早くそれ
に着手してほしい」って。だからみんなアメリカに行っ
た高阪さんを応援したんですよ。
★ ★ ★
▽「おまえ、それちゃんとやっとけよ。これから必要になるぞ」
高阪:ずいぶん前に前田さんも気づいていたと思うんで
すよね。山本さんがヒクソンとやるもっと前の話なんで
すけど、自分がガードポジションを取ってたんですよ。
当時はまだ「ガードポジションって、なんじゃそりゃ?
」って時代だったんですけど、自分は柔道でいう引き込
みから、今で言うスイープで返して上を取るやりかたを
やってたんですよ。
椎名:スイープなんて名前、誰も知らない時代ですよね。
高阪:それを見ていた前田さんが「おまえ、それなんや
?」って言ってきたんです。
ガンツ:UWFの技術って亀になることが基本ですもん
ね。
高阪:そうなんです。でも自分は柔道やってたんで、こ
っちの方が当たり前だったんで「これはガードといいま
す」って言ったら、「ほうほう。で、そっからどうする
んや」「例えば足を取りにいってこうやると…」って、
いまでいう潜りスイープをやって「こうやって上になれ
ます」ってやってみたんです。
そしたら、「おまえ、それちゃんとやっとけよ。これか
ら必要になるぞ」ってボソッと言ったんですよね。前田
さんは感覚的に、必要になるって気づいてたんだと思う
んですよね。
ガンツ:「グレイシー」っていうものに、かなりムキに
なってましたしね。
高阪:そのあと山本さんがヒクソンとやるってなったら
前田さんが「おまえ、張り付いてやれ」って言って、ス
パーリングパートナーやることになったんですよね。
玉袋:でも、なんであんときTKがいかなかったんだろ
うって、ファンは思ってたんですよ。
高阪:自分もムチャクチャやりたかったんですよ。
玉袋:やりてえんだ!
高阪:そんでもう、「速攻で勝ってやる、ボコボコにす
る」って凄い思ってたんですけど、順番的に山本さんが
「やる」と言った以上、自分が「やる」と言ったら失礼
にあたる。
玉袋:それがさっき言った縦社会だ。
高阪:正直なところ、そういうジレンマありましたね。
ただ、当時の自分はまだデビューして1年経ってなかっ
たんで、しょうがないんですけど。
ガンツ:プロ1年生が「ヒクソンをボコボコにしてやる
」って思ったんですか!(笑)。
玉袋:実際にヒクソンの実力はどう思いました?
高阪:もちろん強そうだとは思ってたんですけど、なん
かね、当時の自分は根拠のない自信にあふれてたんです
よ。今思えば完全に若さなんですけど。
山本さんがヒクソンとやったのは1995年4月だから
自分は25歳。誰が来ても絶対に勝てると思ってました
ね。
ガンツ:だから高田さんがヒクソンに負けたとき、我々
ファンは絶望の淵に落とされましたけど、当時若手だっ
た高阪さんや桜庭さんが「俺、ヒクソンに勝つ自信ある
」って明らかに本気で思ってたのは、もの凄く頼もしか
ったですね。