1970年生まれ、北海道出身。パラエストラ東京主宰。
北海道大学在学中、高専柔道の流れを汲む七帝柔道を学
んだのちに上京し、スーパータイガージム横浜へ入門。
1993年、プロ脩斗デビュー。1994年11月には
第三代ウェルター級チャンピオンとなる。1995年4
月、「バーリ・トゥード・ジャパンオープン’95」に
出場。最軽量ながら体重差を乗り越えて準優勝を果たす
ものの、1回戦のジェラルド・ゴルドー戦で受けたサミ
ングで右目を失明。失明後は総合格闘技を引退し、しば
らくは選手活動を停止していたが、1996年に柔術家
として現役に復帰。1997年にはパレストラ(現・パ
ラエストラ)東京を設立し、後進の育成に尽力する。
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▽キャメルクラッチへの失望
ガンツ:やっぱり第1次UWFっていうのが、人生の大き
な転機だったんですね。
中井:そうですね。脩斗の先輩も後輩も、1次ないしは
2次のUWFのファンばっかりでしたね。
玉袋:そうかあ、やっぱりそうなんだよな。
中井:でも、どっかの段階で「ん?」ってなって、脩斗
のほうに行って。
ガンツ:中井さん自身は、どこで決定的に「違うぞ」っ
てなったんですか?
中井:あんまり蒸し返すつもりはないですけど、やっぱ
り第2次UWFで「ああ」ってわかったというか。「キ
ャメルクラッチはねえな」とか。
椎名:高田延彦vs船木誠勝(笑)。
玉袋:あの試合は、いろいろ影響与えちゃってんだよな
~。
中井:あの頃はもう大学生になってたんですけど、北大
の柔道部でも(首をガードする仕草で)守るところは守
るみたいなことはやっていたから、「キャメルクラッチ
」でギブアップすることはあり得ないな」みたいなこと
を思ってしまって、あれで心がポキンと折れた音がしま
しましたよね。
椎名:やっぱり、実際に格闘技やってると、そうなりま
すよね。
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▽前田・佐山、混ぜるな危険
ガンツ:当時はファンの間でも、脩斗ファンとU系のフ
ァンは仲が悪かったですよね。お互い「認めない」みた
いな。で、その「混ぜるな危険」の関係を一緒にしちゃ
った最たるものが、あの「バーリ・ツゥード・ジャパン
95」の日本武道館(1995年4月20日)。
椎名:そうか、会場がもの凄く殺気立ってたもんね。
玉袋:佐山サトルの興行に前田日明が乗り込んで来ちゃ
ったんだから、そりゃ凄えことになるよ。あの日はヤマ
ヨシ(山本宜久)なんかも1回戦でヒクソンとやってま
したけど、中井さんはリングスのことはどう見ていたん
ですか?世界の格闘家を集めて「世界最強の男はリング
スが決める」ってやってましたけど。
中井:全部「違う」って思ってましたね。見ればわかり
ますから。今は、本当に強い人たちが“約束事”をやっ
ていたのは理解できます。でも、当時はボクらとは全然
違うことだと思ってました。
椎名:簡単に言うと、強くない、ニセモノだろ、と。
中井:だけど、今思うと全然普通に「できる」人たちだ
ったってことですよね。それが混然となった時代があっ
たんですよ。
ガンツ:まだ勝負論で定期的な興業が成り立つかどうか
微妙な時代でしたからね。
椎名:なんか、ほんの数年前のような気がするけどね。
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▽運命のVTJ95・楽しい1日だった
中井:バーリ・トゥード・ジャパンの話は、いろんな人
に年がら年中聞かれるんですけど、もう古いことすぎて
自分のことじゃない話をしてる感じなんですよ。
椎名:そういうもんですか。
中井:あれから18年経ちますけど、あの映像を観返し
たのは2,3回なんです。それを見ていても、ほんと自
分じゃないような感じですね。
ただ、あの日は自分にとってすごく楽しい1日だったっ
ていうのはよく覚えてます。ケガをしてしまったのは自
分の甘さでしたけど、自分のやったことをちゃんと評価
してもらえて、凄く楽しかった。あれは不思議な日です
ね。
玉袋:殺気立った会場で、一人だけ楽しんでた(笑)。
中井:案外、悲壮感も何もなかったんですよね。
ガンツ:自分のやりたいことを、あの大舞台、大観衆の
前で、存分に表現できる機会だったっていうのもあるん
ですかね?
中井:そうですね。まあ(現役選手として)続きがあっ
たらよかったですけど、あれはあれで終わったことです
から。いまの自分にとっては、いまの若い選手とか業界
のほうが、より大事なので。だって18年前ですよ?
玉袋:もうそんなに経ったか。
椎名:イヤになっちゃいますね(笑)。
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▽佐山先生、前田さん、高田さん、魅力にやられる
ガンツ:桜庭選手もU系の中から生まれた選手ですけど
中井さんの中で、U系への思いが氷解したタイミングっ
ていうのはありますか?
中井:そうですね…。タイミングというか、PRIDE
やHERO’Sのバックステージで、前田さんとか高田
さんと会うようになって、やっぱりめちゃくちゃ魅力的
だったんですよ。
ガンツ:おお!そうですか。
中井:佐山先生もそうですけど、前田さん、高田さん、
それから猪木さんも、みんな人間的な魅力が凄いんです
よ。
玉袋:みんな笑顔がいいんだよな。アントンスマイルみ
てえなもんに、会うとみんなやられちゃうんだよ。
中井:あとは、ボクがHERO’Sの解説をやらせても
らったり、PRIDEに青木真也が出るようになって、
いわば前田さんや高田さんの団体に、自分たちがお世話
になる立場になったんですよ。
ボクはHERO’Sは前田さんの団体だと思ってたし、
PRIDEは高田さんがカタチの上でトップでしたから。
やっぱりあとになってわかることですけど、脩斗だけや
っていても、総合がPRIDEのように大きくなったか
って言ったら、それは違うと思うし。
ボクらだけではワールドワイドにできなかった面がある
から、そこは凄いと思うし、みんな、それぞれの立場で
頑張ってたんだなって、いまになるとわかるんですよ。
玉袋:清濁併せ呑まなきゃいけない時代もあったってこ
とですよね。
ガンツ:そういう脩斗系とU系の確執が氷解して、一体
となった結果がPRIDE全盛期ですもんね。
中井:なんか、いまになると、すべて自分の中にあるも
のだって思うんですよ。プロレスのことは、ホントに1
00%信じてやってきたんで、プロレスの流れもボクの
中にあると勝手に思ってやってるんです。
力道山がいて、猪木さんがいて、佐山先生がいて、ボク
がいるっていう流れなので。
あとグレイシーの流れもありますよね。それから木村政
彦の、高専柔道の流れもある。
その3本の川全てがボクのところで合流してるんですよ。
プロレスもグレイシーも高専柔道も。
そのクロスポイントにいるのは、ラッキーだったなって
思いますね。