東京で個人タクシー営業が許可され、初免許の173人
が誕生したのは、昭和34(1959)年のこと。
この個人タクシーの誕生は、実は一人の大学生の死がき
っかけとなっている。
昭和33(1958)年1月、一人の東大生が赤門前で
タクシーにはねられて亡くなった。
それがなぜ、国会議員をも巻き込んだ問題に発展したの
かというと、昭和30年代のタクシーは「神風タクシー
」と呼ばれるほど、乱暴な運転が目立っていたからだ。
神風タクシーは、信号無視や強引な追い越しは当たり前。
挙句の果てには急旋回して方向を変える始末。
一説によると、「神風タクシー」という名称を付けたの
は東京を訪れた外国人で、道路をかっ飛ばすタクシーを
見て命名したという。
当時は、運転手の固定給が少ない一方で課せられたノル
マは厳しかったから、歩合給を稼ぐために無謀な運転を
繰り返すことが少なくなかった。また、タクシーが不足
していることも原因の一つだった。
そんななか起きたのが、先述の事故だったのだ。
運輸省はそのため、昭和34年8月、タクシーの個人営
業を認める方針を打ち出す。
40歳以上、優良マーク保持者が条件で、6400人の
応募者の中から選ばれたのが、初免許となる173人だ
ったというわけだ。
だが、個人タクシーの許可が始まったとはいえ、そんな
に早く運転手の意識やマナーが変わるはずはなく、タク
シーのサービス向上は昭和45(1970)年の東京タ
クシー近代化センター(現在の東京タクシーセンター)
の設置を待たなければならなかった。