▶『プロレス取調室』レビュー4・高山善廣の場合 | ぐーすけとりきのブログ

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1966年生まれ、東京都出身。1992年、UWFイ
ンターでデビュー。新日本プロレスとの対抗戦時には「
ゴールデンカップス」で一世を風靡。Uインター解散後
は全日本プロレス、プロレスリング・ノアに参戦。大森
隆男とのノー・フィアーでは世界タッグ王者などを獲得
する。2001年にはPRIDE参戦。ドンフライとの
一戦は、凄惨な殴り合いで語り草となる。その後も新日
本、全日本、ノアなど団体の枠を超えて活躍。2017
年、DDT豊中大会で試合中のアクシデントにより頸髄
完全損傷および変形性頚椎症の重傷を負う。現在、リハ
ビリを支援する会「TAKAYAMANIA」が発足し、治療費の
寄付などを受け付けている。

      ★     ★     ★

▽高田vsヒクソン戦の前で思ったこと

ガンツ:桜庭さんブレイクの前に高田vsヒクソン戦って
いうのがあるんですよ。

玉袋:ありゃまいったよな~。戦前予想では、高山さん
はどう思ってたんですか?

高山:難しいですね。なんでかって言うと高田さんは俺
らとスパーリングしてなかったんですよ。だからどんな
状態か全然わかんなかった。

ちょうどみんなでスパーリングして強くなっていってた
時期なのに、高田さんは別行動だったから、けっこう厳
しいだろうなとは思ってました。

ガンツ:練習生だった上山(龍紀)さんだけ連れて、個
人練習してたらしいですね。あとはお忍びでリングスの
道場行ったり。

高山:今言ってもしょうがないけど、せめて安生さんと
毎日スパーリングやってたら、全然違ったんじゃないか
と思いますね。

安生さんは1回闘ってヒクソンの戦法を知ってるわけじ
ゃないですか。だから、安生さんに「ヒクソンの動きは
こうだった」ってやってもらえてれば、それでだいぶ違
ったと思う。

玉袋:高田vsヒクソン戦は一大事だったよ~。あれでプ
ロレスファン人生っていうのは、ある意味、1回終わっ
てんだよ。だけどまあ、それがPRIDEの隆盛につな
がってくれたんだけどさ。

      ★     ★    ★

▽三沢光晴の男気

ガンツ:馬場さんが亡くなって、全日本は大きく変わっ
たと思いますけど、あの頃の全日本内部ていうのはどう
だったんですか?

玉袋:お家騒動的なこともあったからね。

高山:俺は馬場さんが亡くなった後、全日本に入団した
んだけど、それがちょっと問題になった。

ガンツ:なんで問題になったんですか?

高山:馬場さんが亡くなって、社長が三沢さんになった
とき、三沢さんから電話があって、「これからも参戦し
てもらいたいんだけど、フリーよりは所属にならないか
」って言われたんですよ。

俺はもう、馬場さんが元気な頃から気持ちはそうだった
から、「じゃあぜひお願いします」って。それで入団発
表したんですけど、元子さんが「聞いてない」ってなっ
ちゃったんですよ。

玉袋:女将さんとの関係つうのは、大変なんだな。

ガンツ:そして高山さんは、全日本からノアに行くわけ
ですけど、これは三沢さんに誘われたんですか?

高山:そうですね。当時、全日本には巡業のバスが3台
あったんですよ。ガイジンバス、日本人バス、あと三沢
さんが乗ってる社長バス。それである日、三沢さんの社
長バスに俺と垣原さんが呼ばれて、巡業中に三沢さんの
バスだけ、みんなと違うホテルに泊まったんです。その
とき三沢さんに「実は全日本を出て、違うところでやろ
うと思うんだけど、高山選手と垣原選手にも来てほしい。
どうなんだ?どっちでもいいんだよ」って言ってくれて。
「ボクは行きます」と。そういうことがあった。

ガンツ:三沢さんは、「そんなにたくさん(ノアに)連
れていくつもりじゃなかった」って言ってましたけど、
高山さんは最初から必要なメンバーの一人だったんです
ね。

玉袋:結局、ほとんどみんなついてくるって知ったのは
いつ頃なんですか?

高山:ちょっと記憶が曖昧ですね。俺はまっぷたつに分
かれると思ったんですよ。半々くらいに。それが川田さ
んと渕(正信)さんだけ残って、あとは全部来ちゃって
ね。

ガンツ:なんであの二人だけ残ったんですかね?

高山:川田さんが完全に三沢さんとソリが合わなかった
んですよ。俺が全日本に上がってるときも、ほとんど口
きいてなかったし。(うわ~川田、三沢と高校が一緒な

のにソリが合わなかったのか~。川田がいっこ後輩)

で、渕さんは馬場家にベッタリで、
渕さんと川田さんもベッタリだった。

ガンツ:でも、二人を除いて全員来ちゃうって凄いです
ね。

玉袋:それは大変だよ。来てくれるのはうれしいけど、
うれしい誤算すぎるよなあ。三沢さん苦労したと思うよ。

ガンツ:それが最終的には、あのリング上の事故にまで
繋がっちゃったんでしょうね。。

玉袋:そうなんだよ~。

椎名:高山さんは、そっからPRIDEにも出て。

ガンツ:それも三沢さんのGOサインがあってこそです
よね?

高山:ノア所属のままでも出ていいって言われてたんだ
けど、所属のままだと日テレとの契約があるから、PR
IDEに出てもフジテレビに映らなかったんですよ。

ガンツ:ノア所属=日テレとの契約選手でもあったわけ
ですもんね。

高山:でも俺としては、フジの電波に乗らなかったら出
る意味がないんで。深夜しか出ないタレントが、ゴール
デンのタレントになるチャンスだったから(笑)

玉袋:わかるわかる。

高山:それで三沢さんに相談したら、「ノア退団してフ
リーになっても、ちゃんといままでどおりレギュラーで
呼ぶから大丈夫だよ」って言ってくれて。

ガンツ:どんだけ男気があるんだっていうことですよね。

高山:それで、「じゃあ俺と一緒に、PRIDEのとこ
ろへ行って話に行こう」って、一緒に森下(直人)社長
のところに行ってくれたんですよ。

玉袋:すげー!やっぱ三沢だよなあ。

ガンツ:三沢さんはホント「親分」ですよね。

玉袋:おおーーーー。いい話だよ。

     ★    ★    ★

高山は、恵まれた身体で、プロレスラーの魅力たっぷり
だった。一度、新生UWFのころに入門してるが、ケツ
をわって、逃走。しばらく時は流れて、湘南でライフセ
ーバーをやってるときに、思わぬ偶然から、宮戸と再会
し、Uインターに入団。

Uインター解散からは、全日本に移籍。身体の大きなと
ころを重視する、馬場に可愛がられタイトルも取った。
(ここまで、いつまでたっても決起しなかった決起組の
高野俊二とはわけが違う)

前田も、体のでかい選手が好きだったのだが、高山は、
なぜ、リングスに行かなかったのだろうか?やっぱプロ
レスラーとしてどっぷりプロレスに漬かってたからか?

PRIDEにも出てる。
ドンフライとの一戦も技術よりは、勢いでやってる部分
もあった。

NHKの大河ドラマ「功名が辻」でも、蜂須賀小六役で
出演。知名度も上がった。

現在、難病を抱えている高山。きつい試合の付けが来た。
早く元気になって、できることならば、また試合が見た
いなぁ~。