▶『プロレス取調室』レビュー2・安生洋二の場合 | ぐーすけとりきのブログ

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▽高田さんは一緒にやってくれる。

ガンツ:第1次UWFは1985年9月11日の後楽園
を最後に活動休止となって、新日本にUターンすること
が決まってから、大半の若手は引退してしまいましたけ
ど、なぜ安生さん、中野さん、宮戸さんだけが残ったっ
んですか?

安生:それは高田さんに説得されたんでね。高田さんに
言われたらしょうがないですよ。

玉袋:へえ!

ガンツ:そこでも高田さんなんですね。

安生:はい。ボクら若手にとって、高田さんの存在とい
うのは、他の先輩とは全く違いましたから。

ガンツ:その違いはどこから来るんですか?

安生:先輩はみんな、若手に練習をやらせるじゃないで
すか。でも、みんな「あれやれ!」って言うだけなんで
すよ。

でも、高田さんは「スクワット1000回やれ!」って
言ったら、自分でも一緒に一緒にやってくれるんで。そ
んな先輩は高田さんだけだし、説得力が段違いなんです
よ。

玉袋:そうなんだ~。

安生:若手のしごき練習だから、数も言わずに腕立てや
スクワットを延々とやらされることもあるんですけど、
それをずっと一緒にやるのが高田さんなんで。

で、前田(日明)さんの場合は「やっとけ」って言うだ
けで、もう帰っちゃう。そこの説得力は段違いじゃない
ですか?

玉袋:なるほど。それは人望が集まるよね。

安生:だから、飲みに連れて行ってもらったとか、そう
いう部分じゃなく、根底には練習のそういう姿があるか
ら、高田さんの悪口を言う後輩って、ほとんどいないじ
ゃないですか?

ガンツ:Uインター時代も含めて、後輩ではほとんどい
ないですよね。

安生:高田さんがそういう姿勢だから、Uインターでト
ップに立ったときも、結束力があったと思うんですよね。

▽「おまえ、なくしたな!」

ガンツ:当時、同じように洗濯やってた親日の若手は誰
だったんですか?

安生:佐々木健介とよく一緒になりましたね。

玉袋:健介さんとは馬が合ったんですか?

安生:向こうの家に遊びに行くぐらいでしたよ。

椎名:へえ!

安生:当時健介はマサ斎藤さんの家に居候してたんです
よ。池尻に住んでいて、すげえ広い部屋なんです。

それに対して僕らはボロボロのアパートなんで、「すげ
えな。こういう生活いいな」と思って。夜はマサ斎藤さ
んに飲みに連れて行ってもらったりとか、そういうのも
ありましたよ。

玉袋:あったんだ!マサさんみたいな面倒見のいい大先
輩がいるって、いいねえ。パンツ洗いの修行中でも、そ
ういう楽しいこともあった、と。

安生:まあ、パンツのことでは、しょっちゅうMさんに
殴られてましたけどね。ボク付き人やってたんで。

椎名:洗い方が悪いって怒るんですか?

安生:いや、洗ったパンツを渡しても、家に持ち帰るの
を忘れるんですよ。そうすると、「おまえなくしたな」
って殴られるんです。

椎名:Mさんが家に持って帰ってないから、なくしたっ
てこと?なんだそりゃ(笑)。

安生:のちに高阪(剛)と話したら、彼も同じような目
にあってたんですよ。ボクとTKじゃ10年ぐらい違い
ますけど、彼もリングスで同じような境遇だったんで、
「おまえ、なくしたな!」ってよく怒られて、高島屋ま
でrenomaのパンツを買いに行かされたって聞いて、何年
たっても同じなんだなって(笑)

玉袋:おもしれえ~、歴代の付き人はみんなrenomaのパ
ンツで殴られてたんだ(笑)。

安生:自分で持って帰るのを忘れたのに、みんな俺らの
せいになって殴られるというね(笑)。

      ★     ★     ★

プロレス取調室、高田編もやろうと思ったが、とりたて
て語るところもなかったので、割愛しました。

安生編は、語る部分も多いので、続編をしようと思いま
す。こうご期待!