宮戸か船木か忘れたが、松本大会の全試合終了後に前田
さんをリングに呼び込んで万歳をすること、更に控室で
写真をとること、この2点は事前に伝えられていた。
大会当日、他の選手がどういう感情を持って、その場に
臨んでいたのか俺には知る由もない。俺自身は、その2
つのシーンだけは宮戸たちに協力した。かといって、神
さんを捨てて前田さんを選んだという感覚はなく、感情
としては「無」に等しかった。
前田さん、神さんが同席して話し合いの場を持つことは
なく、一方通行の説明が続き、ただイタズラに時間だけ
が浪費されていった。こんな状況で事態が解決に向かう
はずはなく、俺は徐々に嫌気がさしてきた。
ちょうどこの時期にお袋から母方の祖母が危篤状態にあ
ると連絡が来たので、「いい機会」という言い方は決し
て適切な表現ではないが、喧騒から遠ざかろうと俺は東
京を離れ、茨城の実家に雲隠れすることにした。
12月10日の新生UWFの選手会が記者会見を開き、
WOWOWなどのバックアップを得て新体制の「UWF
」が翌年3月からスタートすると発表している。
このときは前田さんが「今、中野は親族の方が大変な状
況にあるから」と気を遣ってくれ、俺は東京に呼び戻さ
れなかった。
★ ★ ★
「龍雄、さっき高田さんから電話があって、夜にかけ直
すそうよ」
年が明けて91年、まだ正月気分が抜け切れていなかっ
た俺は、おふくろの言葉を聞いて一気に現実に引き戻さ
れた。
どうやら俺が外出している間に、高田さんが連絡を入れ
てきたようだ。わざわざ高田さんにかけ直してもらうの
も恐縮だったので、すぐに折り返した。
「おう、たっつあん、元気か?」
電話に出たのは、いつもの調子の高田さんだった。俺は
いつしか「中野」ではなく、「たっつあん」と呼ばれる
ようになっていた。
「大事な話がある。なんだったら、俺がそっちに出向く
から」
いやいや、それだけはやめてほしい。茨城まで出てこら
れると、こちらがいろいろと気を遣うことになるので逆
に面倒だ。
「2~3日後には東京に帰りますから、そのときにお願
いします」
そう返すと、高田さんは1月7日に選手全員が前田さん
の自宅に集まって今後に向けて会議をしたこと。その席
で安生と宮戸が反発し、激怒した前田さんがUWFの解
散を宣言したことなどを電話口で簡単に説明してくれた。
「新しい団体をやろうと思っている。一緒に来てくれな
いか?」
伝えたいという大事な話の核心が見えた。俺の腹は、瞬
時に決まった。
「分かりました。高田さんがやるのなら、俺もやります
」
高田さんと東京で落ち合う約束を交わし、俺は一旦都内
の自宅へと戻った。
部屋に入ると、電話機のランプが点滅している。誰かが
留守電にメッセージを残しているようだ。高田さんから
だろうか?
再生ボタンを押すと、聞きなれた声が俺に語りかけてき
た。
「前田です。至急、話したいことがあるので電話をくだ
さい」