ハンセンが失神した試合がある。
1988年3月5日、秋田市体育館で行われた天龍&阿修羅原vs
ハンセン&テリー・ゴディの試合だ。
龍原砲のサンドイッチ・ラリアットでハンセンは失神した。
並みの外人レスラーならば、意識が飛んだことに恐れを抱いて、
そそくさと控え室に帰るのだろうが、ハンセンは違った。
天龍の居場所めがけて駆け込んだ。
自分の商品価値が下がるからだ。
また、そのままにしておくと、対戦相手のレスラーになめられる。
ハンセンは、意識が戻った後、本当にキレていた。
試合後、天龍が、控え室に戻ったら、ハンセンが体育館のドアを
全部開けながら、天龍のことを探していた。
それでカブキ(グレート・カブキ)さんが「こっちから逃げたほ
うがいい!」って、裏から逃してくれたそうな。
カブキも、「まあまあ、落ち着け」とハンセンのドレッシングル
ームにも言いにきたそうな。
この、失神は、長い間、ハンセンはKOされたと認めなかった。
天龍との20年越しの対談で、KOされたと認めたのだ。
天龍:あの時のスタンの迫力は、さすがに俺もおされるものがあ
りましたよ。
ハンセン:テンルーにKOされたときは、さすがにキレてしまっ
たけど、自分自身も無意識のうちにいろんな人を怪我させている
からね。故意ではなくても、そういうことはあるんだよ。
怪我をさせようとして、させているわけじゃないんだ。
天龍:それはあとづけでしょ?(笑)
現役時代は、相手が怪我するかどうかなんて考えずに、「ぶっ潰
してやる!」っていう気持ちしかなかった思う。
俺のことを控え室まで追いかけてきてるんだから。
ハンセン:ワッハッハッ!その通りだ。
そんな、屈辱をはらすために控え室に怒鳴り込んでいくようなハ
ンセンだったが、本当に強い相手には、手は出さなかった。
外国人レスラー同士では、誰が強いか、そこはかとなくわかるも
のだが、日本人レスラーの間では誰が強いかというと、皆、口を
そろえてこういう。
オランダの赤鬼、ウイリアム・ルスカだと。
猪木とスパーリングをやっても、長州とスパーリングをやっても
子ども扱いしたという。
ルスカは、悪気はないけど、いたずら好きで、それがケンカの引
き金になることが多かったが、ルスカの強さを知っているレスラ
ーは黙って我慢していた。
グレート・アントニオのギミックのチェーンをストーブで熱して
いたり、
リッキー・ハンターの御自慢のカウボーイブーツの中に、ビール
を注ぎ込んだり、
トニー・ロコという選手、と言い争いになり、ドライブインに行
くときに、途中の池に一本背負いで放り込んだり、
ルスカと同じ柔道オリンピックのメダリストである、バットニュ
ースアレンと険悪なムードになり(アレンはアンドレの人種差別
発言にキレて、ホテルの屋上にアンドレを呼び出して“詫び”を
いれさせたこともある)いつしか爆発寸前というところまでいき
総がかりで両者を押さえつけたそうな。
で、ハンセンだが、ハンセンは、ほんの数メートル先もぼんやり
しているほど極度の近視だった。
控え室から試合に出ていく直前まで、いつも度の強い分厚い眼鏡
をかけていた。
あるときルスカがハンセンの試合中に、控え室に置いてあったハ
ンセンの眼鏡のレンズをマジックで黒く塗り潰してしまったこと
がある。
試合を終えて戻ってきたハンセンは、いつものように眼鏡が置い
てある場所に手を伸ばした。
眼鏡があることは判るけど、ぼんやりとした視界では、レンズが
真っ黒なことは気づかなかった。
「誰だっ。こんなことをしたのは!」
眼鏡をかけるなり怒鳴ったハンセンだけど、実は状況を察知して
いた。
腕っぷしの強い自分にこんなことができる奴は、ルスカの他にい
ないものわかっている。
ニヤニヤしているルスカを、ハンセンは黒い眼鏡をかけたまま見
て笑い返し、もうそれ以上は何も言わなかった。
ルスカは確かに強かった。
だが、プロレスはうまくなかったので1年もすれば、日本に呼ば
れなくなると、ハンセンは見越したのかもしれない。またリング
上のことでないから観客を意識することもない。
相手にしないのは、ハンセンの立場から言うと正解だったといえ
よう。