佐々井さんはタイ留学から44年間、一度も日本の地を踏んでい
なかったが、2009年に「自分の活動を支えてくれた人たちが
まだ生きているうちに」と日本に帰国し、全国の支援者にお礼を
言って回った。
なかったが、2009年に「自分の活動を支えてくれた人たちが
まだ生きているうちに」と日本に帰国し、全国の支援者にお礼を
言って回った。
これが最初で最後の帰国のつもりであったが、その2年後、東日
本大震災が起きると日本に再び飛んで帰リ、被災地を訪れて人々
を励ました。
佐々井さんはそれ以来、毎年、初夏に一か月ほど日本各地を巡る
ようになった。
東京の講演会では、いかにもネット世代という若者たちが、どこ
で知ったのかたくさん来ていた。「ダミ声で何を言っているか分
かんないな!」とつぶやきながら熱心にメモを取る。そして講演
会が終わると、佐々井さんの元に並び、「自分に力を分けてくだ
さい」と握手を求めていた。
佐々井さんの講演会に若い人たちが目立つようになったのは、2
015年の高野山で行われた講演会がニコニコ動画で中継されて
かららしい。
「インドの高僧だけど、何か質問ある?」というタイトルで、視
聴者からの質問を受け付けたところ、その歯に衣を着せぬ回答に
面白いじいさんだ!と盛り上がったという。
「こんなじいさんの前で、だた黙って泣く若い美人もおる。泣か
したのかって?バカ、そうじゃない。何か深い悩みでもあるのだ
う、この人なら分かってくれると、いっぱいいっぱいの想いを抱
えて会場までやって来たのかもしれない。
話を聞いてやりたいが、たくさんの人が並んでおる。その娘だけ
に時間を割くわけにはいかず、ただ頭をなでてやった。
そういう若い子がたくさんいる。今もあの娘は、あの青年は大丈
夫だろうかと頭をかすめるときがある。
どこか気軽に相談できる坊さんでも見つかるといいのだが…」
再び、インドである。
筆者は、取材を終えて、日本に帰国しようとするところだった。
本当に毎日、思いがけないことの連続であった。悪魔祓いに行っ
たり、インドの秘密警察と対決したり、陰謀渦巻くアーグラーや
大荒れの記者会見、それにウイクトババの銅像も強烈だった。
(ページの関係で、いちいち記載するのはやめておくが、とにか
く大変だった)
その主人公である佐々井さんは、あらゆる面で魅力的だった。今
まで筆者は、多くの有名人を取材してきたが、全く一線を画して
いた。溢れる才能も、強い運も、集めたお金も、何もかも惜しみ
なく民衆のために使い、その生涯を捧げて生きてきた。
清水の次郎長のように親分肌で、子供のように無邪気に笑い、虎
のごとく吠えるが子犬のように人懐っこく、阿修羅のごとく恐ろ
しいのに菩薩のように慈悲深い。
筆者を乗せた車が大通りに出ると、昨日と同じように夜明け前の
道路は閑散としていた。佐々井さんはしんみりと話しはじめた。
「もう、お前と生きて会えないかもしれないな。おまえが書く本
は俺の最後の言葉になるかもしれん。俺は取材に来てくれて嬉し
かった。『破天』を書いてくれた山際先生が亡くなった後、俺の
言葉を託せる人がほとんどいなかったから」
「佐々井さん、本当に危ないのなら、寺に戻ってパスポートを持
って一緒に日本に帰りましょう」
「ばかもの!俺はインド人だ。ビザがいる。そう簡単にはいかん」
「ではデリーの隠れ家にしばらく潜伏するとか」
「いいんだ。もとよりインドの大地で野垂れ死ぬ覚悟だ。インド
国籍をとっても、いつも心に武士道がある。日本男児たるもの、
困っている民衆を見捨てることはできん。
ブッダガヤの奪還、マンセル遺跡の発掘、仏教徒の地位向上、ま
だまだやることは山積みだ。差別され、今日も泣いている人がい
るのに、どうして自分だけ逃げることができようか」
「いくらお坊さんとはいっても、命を狙われてまで、どうして居
続けるのですか?」
「俺はインド民衆に生かされているからだ。坊主は自分でメシを
作らない、日本の檀家制度とは違い、坊主を生かすも殺すも民衆
が決める自分たちに必要だから、ササイに死なれたら困るとね。
その恩に背くことはできん。命もいらぬ、金もいらぬ。
お釈迦様だってみんなの幸せを祈って、裸足でこの大地を歩い
て、立派な家も持たず、最後は沙羅双樹の木のもとで亡くなった
のだ。俺がここにいる最大の理由は使命だからだ。
人は誰にでも使命がある。お前の使命は本を書くこと。
インド仏教徒のことも、ブッダガヤのことも、アンベードカルの
生涯も、今も泣いているかも知れぬ、あの日本の娘や青年たちの
心に何か響いて、生きる希望を見つけ出せたらいい。
こら、ちゃんと書くんだぞ」
筆者は、使命なんて大げさなことを人生で考えたこともなかった
ので、思わず黙り込んでしまった。命より大事なものはない。
筆者なら、いくら民衆を助けたいと思っても、自分が危なくなれ
ば怖くて真っ先に逃げるだろう。けれど、使命が見つかったから
こそ佐々井さんは生きていける。死にたがりの佐々井さんを生き
たがりに変えたのは、使命があるからだ。
しかし、それは80歳を超えた今も佐々井さんを縛り付け、苦難
の道を歩ませることになる。
果たして、それで幸せなのだろうか。好きな人と暮らし、おいし
いものを食べ、家庭を持ち、年金をもらって孫を抱いている平穏
な人生もあったのではないだろうか。
そして何よりも義理と人情を重んじる佐々井さんなら、産み育て
てくれた母に親孝行をしたかっただろう。
佐々井さんは、自らの母に、会いたいと思わなかったと喝破する。
以下、次ページに続く。