一年戦争も末期のことである。
ジオン公国軍のキシリア・ザビ少将は、乗艦であったグワジン級
大型戦艦<グワリプ>の自室へシャア・アズナブル大佐を招いた。
「どうした?座るがいい」と、すでにソファにあったキシリアは
勧める。
シャアは彼女の言葉に従った。緊張を隠せぬ様子で、動きはぎこ
ちない。
ただ、向き合う形でソファに腰を下ろすや、目元を覆う仮面へ手
を伸ばしていた。躊躇うさまはいささかもなかった。仮面はする
りと外れ、シャア・アズナブルの面がキシリアの前に露わとなっ
た。
この青年士官の素顔を目にしたキシリアは、「やはりな」と呟き
「いわれてみれば、父上の面影がある」
と評した。彼女はわずかに小首を傾け、微笑みすら浮かべていた。
シャアは視線を揺るがすこともなく、キシリアの言に、「はい」
と応じた。
公国の礎となった革命家、ジオン・ダイクンの息子であることを
認めたのだ。
「気づかぬものだ」キシリアは自嘲する。「だってそうだろ。キ
ァスバル・ダイクンとシャア・アズナブル…違いすぎる」
シャアは弟ガルマの士官学校からの友人でもある。キシリアは士
官学校時代のビデオも見ていたはずだが、ザビ家のすぐそばにジ
オンの子のあることを気づかなかった。
キシリアの弁にシャアは、目を逸らすかのように顔を伏せた。
「ドズル閣下から左遷されて、キシリアさまから呼ばれたときに
いつかこのようなことが来るとは思っておりましたが、いざとな
ると怖いものです」
彼は右の手を持ち上げ、「手の震えが止まりません」と、上目遣
うにザビ家の女を見遣った。
「私だってそうだ」
キシリアは言う。「おまえの素性を知ったときは、さすがに笑っ
たよ」
「お笑いになった?」
とオウム返しにシャアは問う。
キシリアとシャアは微妙な駆け引きをしている。自らの正体が露
見していることを知り、シャアはあえて素顔をさらした。にもか
かわらず、キシリアへ怯えている自分を見せる。恭順の態度とい
ってよい。
一方、キシリアはこのシャアの態度が芝居だと承知している。姑
息な復讐者が正体の露見に及んで動揺しているなどとは見ない。
シャアは試している。キシリアがなぜ、自分を手元に置いたのか。
★ ★ ★
一年戦争時代のシャアは仮面を着用していた。ジオン・ダイクン
の面影を見出されるのを避けるためだ。
軍装の変更について比較的自由だった公国軍を見回しても、目元
をすっかり隠してしまう仮面は異様で、他に類を見ない。
騒然、他の軍人たちから奇異なものとして見られた。
「奴はなぜマスクを外さんのだ?」
コンスコン少将は、そのように部下に問うている。
部下はシャアは顔に酷い火傷の痕があると語る一方で、反対に「
美男子だとの噂もあります」と教えた。火傷というのは仮面を被
るための方便に過ぎないと、周囲も勘ぐっていたのである。
有能であるが、どこか胡散臭い男として、シャアは見られていた。
戦争が彼のザビ家への接近を、より早いものにさせた。復讐の機
会が着実に近づいていると彼には感じられたはずだ。
ザビ家への復讐のため、公国軍の軍人となったと妹に語りながら
シャアは「しかしな」といい置く。
「私だって、それから少しは大人になった」
シャアは良くも悪くも物が見え過ぎる。
復讐心によって動く自分の身の丈さえも見えてしまったのだろう。
ガルマの謀殺のために動くときにあっても、彼の言動には熱情と
いうものが感じられない。罠に嵌めたガルマへ放った哄笑が、唯
一の感情の発露であった。
醒めている。
「ガルマさまのとき、虚しくなりました」
冒頭の会話でシャアは自身の心境をそう語っている。
「キシリアさま流にいえば、復讐の後に何の高揚感もなく、ただ
虚しい自分を見つけたとき、おかしくなったのです」
自分に笑ったのです、とまでシャアはいう。
先読みのシャアとまで呼ばれる彼にとって、すべては掌の上で転
がすようなものだった。いってみれば、彼にとっては先のわかっ
ている本を読むようなもの、いや、台本を演じているにすぎない。
一年戦争、とりわけ、ガルマの謀殺に成功する頃までの彼の言動
が醒めた印象を与えるのも、そのためだ。ガルマの謀殺に成功し
たにもかかわらず、虚しさを覚えたというのは本音であろう。