日本人離れしたパンクアップした肉体。
アメリカで、最も高評価の、レスラー、マサ斎藤さんが
亡くなった。
晩年はパーキンソン病になり、一回りも二回りも、体が
しぼんでいて、写真を見ると「歳を取ったなぁ」と
思わざるを得なかった。
マサさんは、アメリカで活躍中、ケン・パテラの起こした
器物損壊事件に巻き込まれ、警察官数人を投げ飛ばしたため
有罪判決を受け、収監が決定。1985年6月から1年半の
刑務所暮らしを送った。
収監中は、日本人記者の持ってくるカルピスに舌鼓。
大のカルピス好きとしても知られた。
解説者時代のマサ斎藤は、言い間違いや、素頓狂なコメントをす
ることが多かった。
例えば、当時、正体を公式には明らかにしていなかったマスクマ
ンの試合を実名で解説してしまったことも多い(獣神サンダー・
ライガー、ブラック・タイガー、エル・サムライなど複数)。ま
た、正体が明らかであるが、あくまで別キャラクターとしてリン
グに上がっている選手(グレート・ムタ、パワー・ウォリアーな
ど)も本名で呼んでいた。
蝶野正洋と小原道由の試合で小原が犬の首輪をはめられた場面で
は「イヌワですイヌワ!」と連呼。また「nWoの狙いは世界制覇」
と言おうとして「世界平和」と発言したこともある。
1987年10月4日、巌流島で行われたアントニオ猪木との時間無制限
ノーレフェリー・ノールール・無観客マッチは「巌流島の戦い」
と呼ばれ、2時間5分14秒の死闘を繰り広げた。その後たけしプロ
レス軍団に参謀役という形で参加した。
座右の銘は「GoForBroke」(当たって砕けろ)で
解説席でも、よく口にしてた。
マサさんの引退試合のチケットを貰っていたのだが、用事があっ
て行けず、あのときに行っとけばよかった、と思うことしきり。
2005年、斎藤を慕っている佐々木健介が「ファンにマサさんのこ
とを忘れてもらいたくない」として健介オフィス株式会社化の際
、斎藤をアドバイザーとして招聘。記者会見には斎藤も姿を現し
ている。斎藤は寮が無かったジャパンプロレスに入門した当時の
健介を自宅マンションに居候させ、「身長がない分、横に筋肉を
つけろ」とアドバイスするなど、師匠格の存在であった。
2000年よりパーキンソン病の治療を受けていること、2013年に障
害者手帳の交付を受けていたことなどを明らかにした。
2016年12月2日、大阪城東区民センターで行われた元新日本プロレ
ス取締役の上井文彦プロデュース興行「Strong Style History~
Go for Broke!! Forever~」で約4年ぶりにリングに登壇。介助な
しではリングに上がれないほどだったが、海賊男の強襲に応戦し
た。
2018年7月14日、死去。75歳没。