白いご飯に欠かせない「のりたま」が開発されたのは、
鶏肉がまだ高級品だった昭和35年。
当時のふりかけは、魚を中心としたものがほとんどだ
ったため、栄養価の高い卵を主原料に、のり、ごま、
かつお節をバランスよく配合した「のりたま」は、健康
食品として大ヒット。
56年たったいまでも、変わらぬ人気を保つふりかけの
王様「のりたま」誕生の歴史を戦前までたどってみよう。
昭和2年、東京・北区尾久で珍味屋を経営していた甲斐
清一郎は「丸美屋食料品研究所」を設立した。
甲斐は試行錯誤する。
「大正時代から佃煮を乾かしてご飯にかけるものが各地に
ある」
「あれを商品化でいないだろうか」
「小魚を粉にして昆布としょうゆで煮て、のりやごまを
加えてみよう」
「これはうまい「ふりかけ」だ」
「名前はストレートに「是れはうまい」だ」
ネーミングの妙もあり「是れはうまい」は大ヒット。
戦時中は兵隊たちの慰問袋にも入れられたほどだった。
しかし、戦争が激しくなり材料が手に入らなくなった。
工場は空襲で消失……。
「丸美屋食料品研究所」は解散となった。
終戦後~
「ようやく米価も安定してご飯が食べられるようになった」
「「是れはうまい」のようなふりかけがほしいわね」
庶民の声に応えて、「よし、オレが戦前のふりかけを復活
させよう」と「丸美屋食料品研究所」専務だった阿部末吉
は狼煙を上げた。
昭和26年4月、京橋に「丸美屋食品工業」を設立。
「是れはうまい」や小魚を中心としたふりかけの製造販売
を開始した。
大人のふりかけとして大いに売れた。
とある出張先でのこと。
阿部は、なつかしく旅館で朝ごはんを食べた。
「おっ生卵にノリか」
「そういえば生卵やのりは高価だから、まだ普通の人が
気軽に食べることはできないな」
「そうだ、この朝食を手軽なふりかけにできないだろうか?」
阿部の研究は続く。
「生卵を乾燥させることはできないだろうか?」
「いり卵のようにすればできます」
「しかし、これでは固すぎる」
「やわらかい乾燥品にするのは思ったより難しい…」
「どうすればいいのか」
「熱風でやったらどうでしょう」
研究の結果、熱風乾燥法の開発に成功。
「おお、口の中でふわりと溶けて卵の味がする」
「これに食塩とのり、かつお節を混ぜ新しいふりかけ
にしよう」
「のりと卵で「のりたま」だ!」
「いままでのようなびん詰はでは重いし朝食向きじゃ
ないな。袋詰めにしよう」
昭和35年1月「のりたま」発売。30円(20g)。
斬新なパッケージと、のりと卵の栄養をうたった「のり
たま」は関東を中心に大評判になった。
しかし、苦情もでてくる。
「中身が湿りやすいわね」
阿部はすぐに対処する。
「ビニール袋では中身が湿気ってしまう。
代わりの袋はないか」
「アルミ箔があります。これで袋の中をコートすれば
湿気は防げます」
新パッケージにより「のりたま」は大人気となった。
さらに、関東から全国展開を目指すことになる。
「全国的に広めるには広告が有効だ。
テレビが全国に500万台普及したという。
これを利用しよう」
お昼の番組に桂小金治出演のスポットCMを打つと、
売上は急増。
さらに番組のスポンサーになると「のりたま」の知名度
は一気に高まっていった。
昭和38年「すきやき」ふりかけ発売。
阿部は、まだまだシェアを拡大しようとする。
「ふりかけは、まだ大人のものというイメージがある。
子供たちにもっとアピールしよう!」
同年11月、アニメ番組「エイトマン」を丸美屋が提供
大人気となる。
「のりたま」などの中にエイトマンシールを入れると
大ブームとなった。
大人のものだったふりかけは、子供にも浸透した。
こうして「のりたま」の売り上げは倍増。
しかし翌年、作者の不祥事が起き、番組は中止となる
どれほどダメージが発生するか、スタッフは戦々恐々
としていたが…。
「「エイトマン」が終わっても「のりたま」の売り上げ
に影響はありません」
「「のりたま」は市民権を得たのだ」
昭和40年代までふりかけの売り上げは年々倍増、キャラ
クターものが次々と発売されていった。(オバQとかね)
パッケージも素材がプラスチックフィルムとなり中身が
見えるようになる。
子供たちのアイデアから「3色パック」も登場。
しかし、いつまでも順風満帆にはいかない。
ふりかけの売り上げが伸びなくなった…
「新しいふりかけを開発しよう」
昭和43年、生タイプの「しいたけコンブ茶漬」を
発売(当時はお茶漬にしても美味しく食べられる
ふりかけとして発売された)
しかし、購入した主婦層の間からは
「あら?湿気っているじゃない?」と
ウエットタイプのふりかけは売れなかった。
「うーむ。丸美屋のふりかけはドライイメージが強いから
ウエットタイプは受けないのか…」
「ふりかけには限界があるのか……」
とある夕食。
阿部の家ではメニューは炊き込みご飯だった。
ついつい、いつものクセでふりかけをかけようとして、
「おっと炊き込みご飯にふりかけはいらないな」
と苦笑。しかし阿部はあることに気づいた
「この炊き込みご飯のほうを手軽につくれるように
できないだろうか?」
昭和45年レトルト食品に参入し、「とり釜めしの素」
を発売。
これが起死回生の大ヒット。
丸美屋の新シリーズとなる。
「のりたま」も新しい卵の顆粒化を実現し、よりまろやかな
ふりかけに変身。
平成に入ると、健康志向に合わせて、素材を見直し、塩分
をそれまでの4分の3に減量。
キャラクターも多様化し(「ビックリマン」とか「くれしん」
とかね)さらに新しい具材や用途別のふりかけが登場。
「いろいろなふりかけが出ても「のりたま」の人気は根強い
です」
「「のりたま」ももっと味を追求しよう」
「卵をよりふっくらとさせ、塩も一流の「伯方の塩」を使おう」
新世紀の「のりたま」は、より品質の保持力が増し、味わい
深くなっている。
「のりたま」はご飯のふるさとだね。