第二次大戦では、長距離爆撃機による敵本土爆撃が、勝敗を
決する大きな要素となった。
たとえば、太平洋戦線では、まず、サイパン、テニアン、硫黄島
といった太平洋の島々をめぐって日米は戦い、アメリカ軍が圧勝す
ると、それらの島々はB-29の前線基地になった。そして、日本本土
にたいする猛烈な戦略爆撃が行われ、本土の都市や軍事拠点を破壊
し、日本の継戦能力を奪った上、国民を恐怖のどん底に陥れた。
当時の戦略は、重爆撃編隊を使って、敵国の都市部や工業地帯に
爆撃を加えることで、産業基盤を破壊、国民の戦意を喪失させるこ
とを目的としていた。その意味で、爆撃機は、第二次大戦で投入さ
れた兵器の中でも、勝敗を決する中核兵器であったといえる。
ところが、そうした重爆撃編隊による戦略爆撃、ベトナム戦争で
実施された「北爆」以来、ほとんど行われていない。
イスラエル軍がパレスチナ自治区に対して行うことがあるものの、
一般的には、精密誘導ミサイルの登場によって、爆撃機の時代は
終わったというのが、専門家の一致した見方である。それを強烈に
印象づけたのは、1991年1月に勃発した「湾岸戦争」だった。
イラクによるクウェート侵攻に対して、アメリカ軍を中心とする
多国籍軍が組織され、1月17日、多国籍軍によるイラクへの空爆
で湾岸戦争がはじまったが、そこで活躍したのは、「トマホーク
巡航ミサイル」だった。
巡航ミサイルは、ジェットエンジンで水平飛行するミサイルで
ある。事前にプログラムされた経路を高精度の誘導システムによっ
て飛行し、命中精度は目標の数メートル以内。さらに、長射程であ
ることに加え、搭載する炸薬量が多いので威力も大きい。さらに、
低空飛行できるので、レーダーにも補足されにくい。
実際、イラク国内は、このハイテクミサイルによる10日間の
連続攻撃で、多大な被害を受け、兵士も戦意を喪失。多国籍軍の
勝利が決定的になった。
アメリカ軍は、その後のイラク戦争でも、トマホークを多用、
大きな戦果をあげた。こうして戦争の主役は、いまや「巡航ミサイ
ル」へと移っているのである。