香川県は旧国名を讃岐(さぬき)国といった。明治4年の廃藩
置県により讃岐国は丸亀・高松・倉敷の各県に三分割され、同年
11月、合併して香川県となった。ところがその後、香川県は
二度にわたり消滅することになる。
明治6年2月、香川県は名東県(みょうどうけん・現在の徳島
県)に編入。名東県の県庁は徳島に置かれ、旧香川県庁は高松
出張所(のち高松支庁と改称)となった。これが香川県の消滅の
一度目である。
明治8年9月、名東県から分離して、再び香川県となる。だが、
一年後の明治9年8月、今度は愛媛県に統合されてしまう。香川
県の二度目の消滅である。県庁は松山に置かれ、旧香川県庁は
高松支庁となった。
愛媛県統合はその後約12年間続き、明治21年12月愛媛県
から分離独立、香川県として復活した。
香川県は地図上面積は小さいけど、ほとんどが平野で人口密度は
他の3県に比べて非常に高い。本四架橋ができる前は、四国の
玄関口として大いに発展していた。いろんな会社の四国支店も
まずは高松からという姿勢だった。北海道の函館、九州の
北九州といったポジションだった。またオーちゃんの修行の場でも
あった。