お疲れさまです。

4回生の滝本です。

 

 

これがラストブログです。

 

 

書きたいことと、頭の中の整理が追いつかず、同期の中で最後に書かせていただきます。

(先に書いてくれたみんな、ごめん。ありがとう。)

 

 

まず、何よりもはじめに、今までお世話になったすべての方々に感謝を伝えたいです。

 

 

入部したてのころから、ずっと引っ張って下さった先輩方。

 

にぎやかでありながら、常に頑張りつづけている後輩たち。

 

それぞれに個性的で、飽きることのない水泳部生活をくれた同期。

 

そのほかに、OBOGの方々を含め、金大水泳部での活動を通してご縁のあった方々。

 

4年間本当にありがとうございました。

 

 

正直、4年間続けるとは、自分が一番想像していませんでした。

 

さまざまな巡り合わせが重なった結果、最後まで金大水泳部で水泳を続けられたのだと思います。

 

いいことも、悪いことも、そのどれかが欠けていたら、どこかで辞めていたかも知れません。

 

すべて、みなさんのおかげです。

 

改めて、ありがとうございました。

 

 

 

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語弊のある言い方だとは思いますが、金大水泳部での4年間で、あまり本音を語るような会話をしてこなかった気がします。

 

 

幹部を務めていたときも、それぞれの個性が強かったこともあり、私はあまり自分から積極的な主張はせず、ニュートラルな立ち位置にいたと思います。

 

 

せっかくの機会なので、4年間で感じた・考えたことを遺言として残します。

 

 

ただの殴り書きのようなものになると思いますが、お付き合いください。

 

 

 

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追いコンでは「隣の芝生は青いけど、自分の芝生は赤でも黄色でもいい」という趣旨の話をしました。

 

よく嫉妬とか羨望とかを表現する言葉として、「隣の芝生は青い」という言葉が使われます。

程度の差こそあれ、(水泳部に限らず)集団の中にいる以上、誰しも感じたことがあるのではないか、と思います。

 

実際、私も4年間を金大水泳部で過ごす中で、嫌というほど感じました。

特に前半2年間では。

 

最初はわかりやすく、競技面で。

全く強豪校などではない、ごく普通の都立高出身なので、同じ部活動でもその雰囲気と、先輩同期との競技力の差に圧倒されました。

 

その後、幹部になったころは、私の役職が1年間を通して閑職に終わった遠征だったということもあり、自分がチームに貢献できている実感がありませんでした。

引け目を感じたまま過ごしつつ、1年のころはあまり見えなかった同期の優れた点が徐々に見えてきて、さらに引け目を感じるという連鎖の中にいました。

 

 

このころ、2年の冬ごろの私から見える金大水泳部は、どこまでも広がる自分より青い芝生でした。


メンヘラのようですが、実際、このころの私はいてもいなくても、さして変わらない存在だったと思います。

 


この状態から、追いコンで話したような発想に至った経緯は、正直なところはっきり覚えていません。


高校時代から自分より上位互換の存在がいる(あるいは上位互換しかいない)環境に身を置くことが多かったので、たぶん金大水泳部がきっかけではないような気がしますが。

 

 

ただ、2年の冬から3年の春にかけては、今の私に確実に影響を与えたであろう転機が3つあったと思います。

 

 

まず、2月から3月に延期になった短水路選手権で、直前1週間の練習にもかかわらず、100Baで高校のころと比較しても悪くないタイムで泳げたこと。

入部してから、大会に出ても結果を残せないことが続いていたなかで、タイムの復調は嬉しかったです。

単純なので、やはり全国公を目指して半年は頑張ろう!と。

時限的ではありますが、2年間続けた退部思考(志向)をやっと捨てて、3年全国公まではポジティブな気持ちで水泳部に残るきっかけになりました。

 

 

次に、1点目の通りにモチベアップの結果、練習で自信を持って声出しをするようになったこと。これに関しては、後述しようと思います。

 

 

最後は、マイナス要素ですが、幹部の仲が崩壊したこと。

2年冬から3年春にかけては、まあいろいろとありましたね。それらを逐一取り上げることは避けますが、幹部内で方向性の決裂は個人的に考えるところがありました。

 

 

このころは上記の3点以外にも、細かいことを挙げれば本当にいろいろありましたが、総括するなら一選手としても一部員としても、自信を持つことができた期間だったように感じます。

自分で自分を肯定できるようになって初めて、他人の芝生の青さが気にならなくなったような気がします。

 

 

一方で、この段階では自分の芝生の色を自覚できていませんでした。

 

 

自覚のきっかけになったのは、先ほど省略した「声出し」でした。

 

今でこそ、練習中の声出しといえば滝本、と考えてもらえるほどアイデンティティとなっていますが、最初は何でそこまで注目されるんだろう、くらいに思っていました。

練習での声出しは、別に特別なものではなく、桜修館や共泳会で自然に培われたもので、当たり前の行いだったので。

 

ただ、このような些細なことを評価してもらえたことは、とてもありがたいなと思います。

おかげで追いコンでもらったTシャツは、「練習を盛り上げ~~」みたいな寄せ書きが多かったですが。笑

 

話を戻すと、声出しに対する周囲の評価によって、私は自分が部活に与えられるもの、貢献できる点を自覚することができました。

リーダーシップとはまた別の点で、チームのモチベーションを上げる、モチベーターのような役回りが自分の芝生の色だと気づくことができました。

 

 

今の部員が知る「けーたろー」の誕生です(笑)

 

 

と、余談はさておき、声出しが私にとっては当たり前だったように、自分では当然と思っているものでも、他の人からするとそうでもない、みたいなことは多々あります。水泳に限らず。

 

それもそのはずで、金大水泳部に入る以前に辿ってきた道が1人ひとり違う訳で、道が違えば見てきた景色も異なるでしょう。

 

わかりやすいところでいくと、クラブと部活の違いがありますし、極端な場合ではうみじろうのように競泳のチームを経ずに入部している部員もいます。

 

 

金大水泳部での4年間を終えた今、この違いってとても大事だなぁ、と思います。

 

違うことが大事というよりは、それぞれのバックボーンが異なることを認識、理解することの重要性を、特に幹部を務めた1年間で実感しました。

 

この違いがあるからこそ、1人ひとりがチームに貢献できる部分が異なり、1人ひとりそれぞれの色に芝生が染まっていくのだと感じます。

 

 

また、チームへの貢献という行動の部分だけでなく、思考面にもこれまでの経験は当然、影響するでしょう。

 

1人ひとりの水泳やチームに対する考えや観念は、それまでの経験を抜きにして構築されることはないはずで、それぞれが考える「水泳に向かう姿勢」だったり、「理想的なチーム」だったりするものも違って然るべきものです。

 


私たちが幹部のときにあれだけ紛糾したのは、理想とする金大水泳部の在り方が違っただけのことで、私は全員が全員、金大水泳部のことを考えた結果の衝突だったように感じています。

 

 

ただ、こうしたものには正解がない訳ですから、誰かが完全に間違っているということなどもありません。

一方で、その時々のチームをよりよい方向に導く最適解は存在すると思っています。

 

 

正解がないものの衝突は、互いに痛みを伴います。

だからこそ、「理解」が重要になると思います。

どちらが絶対に正しい、ということはありえません。

それぞれの考えを理解した先に、最適解が生まれると思います。

 

 

否定は簡単で、とても楽な作業です。「それは違う」で終わりですから。

 

否定をこえて、それぞれの違いを(完全に理解しきれずとも「違って然るべき」ということだけでも)理解したうえで、ようやく、よりよいチームが生まれると私は思っています。


(幹部のころから思っていたことをやっと書けました。本当はもっと早く言葉にすべきだったと、とても後悔しています。)

 

 

さらに、違いがあるのは、これまでのことだけではなく、現在においても同様のことでしょう。

 

多くの部員が日々、水泳以外にもさまざまなタスクを抱えながら過ごしていることと思います。大学の講義などや、上の学年になるにしたがっては、ゼミや研究室、就活などなど。


そんな中で、部活に対して全員が同じだけの熱量を持って取り組む、というのはとても難しいです。高いレベルで揃えるとなると特に。

 

 

それでも、全員が同じ熱量で取り組めるチームがいいんだ!

 

という意見があるのはもちろん承知しています。

しかし、上記の通り現実的ではない気がしますし、実際、私はそうした考えにはあまり賛同できません。

 

 

部活へ向けられる熱量が、それぞれ異なってしまうのは仕方がないことだと思います。

 

だから私は、熱量ではなく、熱意の方向をそろえた方がよいのではないか、と思っています。

 

1人ひとりの熱意はやじるしみたいなもので、起点はばらばらで、何もしなければ、指し示す方向もばらばらなものです。

一方で、その指し示す方向を揃えることで、大きな束のやじるしになります。

 

チームとしていかに1本いっぽんのやじるしを揃えて、大きな束にするかが、よいチームになっていくうえで、重要だと思います。

また、このやじるしを束ねる力が、結束力と称されるような力に相当するでしょう。

 

 

昨シーズンは、この結束力が遺憾無く発揮された1年だったように感じます。

幹部代が「中部インカレでの団体権獲得」「全員ベスト」という旗を立てて、全員でその旗に向かっていく、という形でシーズンを終えました。

その結果、コロナ禍以降なかなか獲得できていなかった団体権(男子)にありつくことができ、ベスト率も近年ではよかったシーズンになりました。

 

大きなやじるしが、旗まで到達できたシーズンだったのかな、と思います。

 

 

また、抱えるタスクとの兼ね合いでは、最近ではトレーナーという立場ができましたが、部活への関わり方の再考も必要なのかな、と思います。

正直、私も一時期は幹部を終えたあと、選手としては引退しようかな、と考えていたこともありました。

 

所詮、選手・マネージャー・トレーナーというのは、金大水泳部において部員のなかのサブカテゴリに過ぎません。

「選手だから○○」「マネージャーだから△△」というのではなく、大前提として金大水泳部の部員(チームの一員)として何ができるか、がフォーカスされるべきだと思います。

 

その点でいくと、幹部(ないし各役職)というもの自体も、部活というシステムを円滑に回すため、対外的な責任を負うためだけのものだと考えています。

 

 

私は、チームの中で「何であるか」よりも、チームに対して「何をする(何ができる)か」のほうが、よっぽど重要だと、個人的には思います。

 

 

 

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あれこれ書きましたが、これらも結局、全部、私が経験してきた4年間(と言いつつ後半2年間)のなかで形づくられたエゴなので、すべてが正しいことはありえないです。

 

それでも、どこかで誰かの役に立てばいいかな、と思っています。

 

長文にお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

滝本功太郎

 

 

 

 

 

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なんか、終始堅苦しい文章になったから、最後に少しだけてきとーに写真を貼って終わろうかな。

 

 

 

中部インカレ最終日の1年生ズ

(あれ、何人か足りない、、、?)


 

 

いなかったのは、あかりとなごみと、、、、

 (北五と懇親会の間にみんなで行った環水公園のスタバ)

 


 

あおいですね(笑)  中部インカレ最終日。

この動画、なんかスマホに入っとったんやけど、これ何?😂

 

 

 

続いて全国公最終日の2年生。いつも賑やかで楽しそう。

幹部になって、みんな顔つきが変わった気がします。「戦う顔」をしてる笑


 

 

県選でメリレを泳いだ3年生。

(今さらやけど、メリレのこと混継って言うのは、ローカルルールなんですか??そういえば金沢来てから聞いた気がしない)


同期を除けば、水泳部で一緒に過ごした時間が一番長い代。3年間ありがとう。

 

 

 

そして同期。

先日の追いコン。ありがとうございました!

 

 

 

うちの代って、このポーズ好きだよね(笑)

まあヒーローがいる代だから当然なのかも知れない

みなほも一緒に写ってる同期の集合写真、探すの大変やった笑(たいちとめぐみいないけど許して🙇‍♂️)

 

 

 

アルバム漁ったらキリないから、これでおしまい!

 

 

 

 

 

4年間、

いろんな人のお世話になって、

いろんな人に迷惑かけて、

それでも、

いろんな人のおかげで、

ここまでやってこれました。


改めて、本当にありがとうございました!

 

終わります!

 

 

 

けーたろー