成功することを決めた―商社マンがスープで広げた共感ビジネス (新潮文庫)/遠山 正道
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この本との出会いから紹介したいと思います。
最近、どうも思考がネガティブになりがちだったので、移動時間などを何かに集中させておくため、常に本を読むようにしています。欲しい本があり、文庫の平積みを探していたのですが、一向に見つかりませんでした。
そこになぜか、わたしが探していたミステリー本の表紙とは、おおよそかけ離れたデザインの文庫が、それも逆さまで斜めに置いてありました。
これも平積みなのかと思って手に取ったら、たった一冊、この本だけが置いてありました。
まるで、
誰かが「読んでおけ」と言っているように感じました。わたしは迷わずこの本を買って帰りました。
著者、遠山正道さんが、三菱商事の商社マンとして社内ベンチャーで「Soup Stock Tokyo」を興し、成長させる道のりを書いていらっしゃいます。
わたしもSoup Stock Tokyoのスープとお店は大好きです。本の中に書かれているペルソナは、まさにわたしそのものでした。
実に綿密に「ストーリー」を描き、それに向かって「成功するんだ」と決めることで実現してきた様々なものを、とても好感がもてる丁寧な読みやすい文章で、まるで目の前で語ってくれているかのように書かれています。
この本に対する感想は、3点あります。
<まるで本当に起こったことのような、物語のプレゼンテーション>第一章の最後に、遠山さんがスープをメインにしたビジネスの開始を、会社の役員向けにプレゼンテーションするための資料が掲載されています。これは当時作成したそのものとほとんど変わらないそうです。
商社のプレゼン資料といえば、図やキャッチーなフレーズを駆使して、まるで広告を見ているようなものを想像しますが、この資料は全く違います。
実際のものにはあるのかもしれませんが、掲載されているものに、図は一切入っていません。ただ1つだけ、表紙に男の子が美味しそうにカップのスープを飲んでいる写真があるだけ。
資料の中身は、簡単に言えば「ペルソナ」です。しかし、わたしがこれまで見てきたどのペルソナよりもそこにはストーリーがありました。「スープのある一日」と題して、想定した人物がどのように生活の場面でスープと関わっているのか、ということを綿密に想定して、その人の一日を綴っています。
ただ物語が続くのではなく、その中にきちんとビジネスのコンセプトや施策が書かれています。顧客の顔が見える文章と、それを作り出す仕組み仕掛けのバランスが、素晴らしい文章となっています。
資料の最後には、既にベンチャーは進められていて、このように成功“した”という想定ではありますが、まるで報告書のようにそこまでの成功を“振り返って”います。
これを役員に提示する遠山さんという方は、なんとユニークな人なんだろうと、会ってもいない人がよくわかる気がする内容です。
この資料の部分を読むだけでも、とても価値のある本だとすぐに思いました。
そしてこの資料は、今でもスマイルズの人たちがバイブルとして持ち歩いているそうです。
<簡単に独立しないしたたかさ>遠山さんは、社内ベンチャーで起業し、すぐに独立することは考えていなかったそうです。むしろ、独立することは当初まったく考えていなかったのではないでしょうか。
三菱商事という会社のキャパシティを十分利用して、ある意味自由に挑戦できるメリットをよく知っていたのだと思います。わたしも中堅ソフトウェアハウスから、全社員が10名前後の会社に移ってから、キャパシティというものの強さを思い知りました。
やりたいことがあるにしても、そこには様々なリソースが必要となります。小さな会社は意思決定は早いです。自分から「やりたい!」と手を上げれば、自分自身も追いつけないぐらいのスピードで物事が進むこともあります。しかし、たとえどんな企業であっても、ビジネスを始めるためには「背景」が必要です。
「どう成功させるのか」「そのためにどんな戦略を持っているのか」
これらを準備するのに、キャパシティは大きな効力を発揮します。
何百人、何千人と社員のいる会社なら、どんなに新しいことであっても、それに関するスキルや経験を持った人がいる「可能性」が高くなります。もしくは、ビジネスに関する強い「思い」を持った人と内部で出会えることもあると思います。人員的なリソースを、大きな会社は既に抱えている可能性があります。
また資金の問題もキャパシティが解決できるケースもあります。
堅実に利益を上げている会社は、その利益を更なる成長のために使います。より成功の可能性が高い、新たなビジネスに投資することも視野にあるわけですから、そこに適う提案をすれば、自分で資金を調達しなくてもビジネスを始められることもあります。
このような大企業のメリットについて、同じことを言っていた人がいました。SonicGardenのCEO 倉貫さん(
@kuranuki)です。
倉貫さんも某大手SIerで社内ベンチャーとして起業し、
最近そこから独立しています。彼のキャリア戦略やビジネスに関する考え方は、とても頷けるものなので、ぜひ読んでみてください。
ビジネスにはある程度「賭け」は必要なのかもしれませんが、それはビジネスの目的ではありません。逆に「どうすれば確実に成功できるか」を考え続け、行動することがビジネスですから、リスクを少なくする手段があるなら、それは大いに利用すればいい。ただし、一人勝ちでは理解されないので、投資する企業の側にもメリットがあるように考える。本当に独立が必要なのかどうか、考える時期は絶対に来るものだなと、この本にも、倉貫さんの言葉にも感じ取ることができました。
起業 = 独立
この構図が全てではない時代なのだと感じました。
<“顔”のあるビジネス>特に「顔」という言葉を出して、説明されている文章はありません。「顔」という言葉を連想したのはわたしの感想です。
スープに対するこだわり、店舗に対するこだわり。遠山さんが思い描くビジネスのそこここに、こだわりという言葉が多く使われています。それは顧客にお店を愛してもらえるように、愛情を注ぐことだと感じました。だから、このビジネスには、人のような表情があって、お客様という人を愛する有機体なんじゃないかと思わされました。
その顔とは、スマイルズの社員であったり、店舗のパートナーであったり、遠山さんそのものであったりするのかもしれません。その、ひとりひとりがこのビジネスの顔となって、Soup Stock Tokyoという有機体を構成している。それを強く感じます。
全てが成功事例ではありません。辛く厳しい時期もあり、それをどう乗り越えたかということも書かれています。
それですら、人が働くことに対して何を悦びに感じるか、顧客は何に惹き付けられるのか、ということがよくわかって、そして青春映画を見るような、ちょっとセンチメンタルで心があたたまる物語でもあります。
仕事に疲れてしまったとき、ちょっと背中を押してもらえる本だと思います。