1950

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1950年生まれの生き方 / 粋肩 / 息過多 / 逝き方

7月26日は夏恒例の「人間塩出し昆布マラソン」に参加しました。

「参加」と言っても、スタッフとしてです。

僕も過去数回選手として走りましたが、3年ほど前からは、スタッフとして参加させてもらってます。

 

この大会は、灼熱の鵠沼海岸を、5キロまたは10キロ走り、タイムではなく体重の減少量を競うという、変態的な大会。

実に体に悪そうなイベントですが、今回で第30回となる、伝統あるレースです。

 

ボランティアチームはいくつかの団体から構成されますが、わがKTハマー応援団は、7時半に片瀬江ノ島駅に集合。

 

20分ほど歩いて、会場に到着。

じりじりと照り付けますが、結構風があり、思ったほどつらくはありませんでした。

風のおかげか、海の向こうには富士山も見えました。

会場の設営などを行い、9時から参加者の受付が始まりました。

 

僕は、「ボディペイント」を担当。

ゼッケンの代わりに、選手の腕に直接マジックで番号を書きます。

皆さん結構汗ばんでるので、なかなか難しいのです。

 

受付時間は一応決まってるのですが、遅れて駆け込んでくる方も少なくありません。

それも受け入れるのがこの大会の緩さなので、持ち場を離れがたく、せっかくのKTハマーの演技は遠くから漏れ見えるにとどまりました。

 

11時11分、第一ウェーブがスタートです。

この大会では交通規制などはなく、一般の方が歩いているところを走るので、1分おきに50人ずつスタートするのです。

 

ボディペイントのお役目が済んだあとは、救護ランナーのミッションがあるので、終わりのほうのウェーブの合間に、ゆっくりスタートしました。

コースはほぼ海岸沿いで、砂がたまっていて走りにくいところがあります。また、風が強いときは吹き付ける砂嵐が痛かったり、目や鼻に入り息が詰まりそうになります。

でも、この風のおかげで、気温の割には楽だったような気がします。

 

 

選手たちは、スタート前とゴール後に体重を測定します。

汗をかくといっても、1~2キロぐらいの体重減少の方が多いようですが、優勝者は10キロも減ったそうです。

最初の計測前に水を大量に飲んでおくなど、テクニックがあるようです。

 

会場を片付け、海の家で汗を流してから、場所を移して有志で打ち上げ。

ビールが旨い!

恥ずかしながら、ついに後期高齢者(75歳~)に仲間入りした。

 

「ついに」と、つい、書いてしまったが、今年中には、国民の5人に一人が後期高齢者になるそうだから、格別のことでもなかろう。

 

だが、自分の感覚的には、ついこの間学校を卒業して就職し、新人と言われてもがいてるうちに、さしたる成果もあげぬまま定年を迎え、再就職してまた新人意識であたふたしているうちに、コロナの最中にリタイヤ生活に突入してしまった…という感じである。

 

それに「後期」と言われても、じゃあ「前期」とはいつだったのか聞いてない(笑)。

60歳で映画料金が安くなり、65歳でもらった「濱ともカード」で銭湯などが割引、70歳で横浜市の敬老パス。

それがそうだったのか?

調べてみたら、65歳からが「前期」だとのこと。

では、「後期」になってさらに10年経過した人は何とよぶのであろうか。

「満期」ですか?
「末期」ですか?(笑)

 

「令和5年簡易生命表」(厚労省)によれば、75歳男子の平均余命は12年だそうだ。

僕の場合は持病があるので、もっと短いかもしれぬ。
逆に、その持病のせいで定期的に受診していて医学的な管理がいきとどいているから、もっと長いかもしれぬ。

平均はあくまでも平均であるから、今日死ぬかもしれぬ。

だから、一日一日を大切にと思いつつ、怠惰に暮らしているのである。

 

一昨日は、誕生日を口実にごちそうを食べた。

 

来年は、いよいよ金婚式である。

若いころは、50歳といえば老人だと思っていた。

だから、金婚式なんて想像の範囲外。

なのに、ゴールインできそうなのが不思議だ。

いや、「ゴール」なんて言っちゃいかんな。

 

ともかく、死ぬまでは元気でいたい。

終わりは唐突に。

 

夜は熟睡できたが、起床後に謎の体調不良。
熟慮した末、遍路は打ち切り、帰宅することにした。

 

空路でも陸路でも、時間は1時間少々しか変わらないので、帰りは陸路にトライ。ちょうどUターンラッシュだが、岡山からのののぞみがなんとか取れた。(今の期間は全席指定)

四国内は自由席で行く。

 

リタイアでも、ごはんは食べる。

昨夜の失敗に懲りて、朝食は無事撮影。

 

宿から歩いて2分のバス停へ。

バス停がこんなに近いのもラッキーだった。
もし手ごろな足がなかったら、無理に進んでいたかもしれない。

 

バスを待っていたら、通りの反対側に台車を押す遍路が通りがかった。

台車遍路に出会うのは、26年前の幸月さん以来である。

 リタイアを決めた途端に、濃い光景に出会うなあ。

 

バスで中村駅へ。

昨日1日かけて歩いたところを、1時間たらずで後戻り。
車窓からちらほら見えるお遍路さんが羨ましい。

マラソンで、収容バスから競技中の選手たちを見る心境。

 

中村駅から土佐くろしお鉄道で高知へ。
この時期なのにガラガラ。

 

高知からは、JRの特急南風で岡山へ。
こちらは満席だ。
自由席しか買ってなかったが、なんとか座れた。

 

途中、反対側のホームに連ドラの宣伝。

 

大歩危小歩危を通る。結構、観光客が乗り込んでくる。

 

列車は、瀬戸大橋を渡って、本州へ。

 

岡山から、のぞみ。

いつも電車やバスの中で、この長い金剛杖は扱いに困るのだが、今回はビニール紐1本でスマートに固定する方法を考えた。

せっかくのアイデアだが、再び活用する日が来るのだろうか。

 

夕刻、無事帰宅。

今のところ、体調は回復したようだ。

今日以降のコースはより辺鄙なところに入っていくから、今回のリタイアに後悔はない。旅先で倒れたりしたら、多方面に迷惑をかけちゃうからね。

さて、今後どうするかだなー。

 

注:タイトルにあるDNFとは、マラソン等でゴールできなかったこと(Did Not Finish)。