新潟市江南区沢海にある,北方文化博物館に,行ってきました。
沢海(そうみ)に江戸時代中期,農より身を起こして豪農になり,越後随一の大地主になった,伊藤一族がいました。明治には1370万平方メートルの田畑を有し,昭和期には作徳米3万俵余りになった。
戦後は農地解放により土地は伊藤家から離れた。終戦の半年後の昭和21年遺構保存のため財団法人北方文化博物館が創設されて,現在に至る。
昭和20年(1945年)8月の終戦直後、伊藤邸土蔵内に旧日本軍の隠匿物資があるという情報で、進駐軍のライト中尉が調査に来た。調査で会話を交わすうちに、偶然にも七代文吉がライト中尉のペンシルバニア大学の先輩であることがわかり、それ以後、ライト中尉は伊藤家(北方文化博物館)に絶大な支援を与えてくれることになる。ライト中尉は北方文化博物館草分け期の素晴らしい後援者となった。
大広間に入る玄関
個人入口
廊下の梁 丸い梁は一本の木だそうです。
大広間から見たお庭
三楽亭 三角形の書斎兼茶室 中の畳も三角形
釈迦三尊像
文箱など
良く分からない外国の像
庭の藤棚











