〝豊〟という字があります。


日常でよく見かける字です。


〝ゆたかな〟〝豊富な〟といったところの意味でしょうか。


音読みで〝ホウ〟と読みます。


ただこの字は元々〝ホウ〟と読むのではなく、〝レイ〟と読む字だったのです。


〝礼〟という字があります。この字は〝禮〟と同じ字で字形が違うだけですが、なぜこの字を〝レイ〟と読むかというと、それは〝禮〟の旁の字形〝豊〟が元々〝ホウ〟ではなく〝レイ〟と読むので、〝禮〟〝礼〟の字を〝レイ〟と読むのです。


「九成宮醴泉銘」という古典があります。欧陽詢の書で有名ですが、この中に出てくる酒、甘い水などの意味を持つ〝醴〟字も〝レイ〟と読みますが、これも上と同じ理由で、〝豊〟は元々〝レイ〟と読むので、〝醴〟も〝レイ〟と読むのです。


繰り返しになりますが、〝豊〟は〝ホウ〟という読み方ではなく〝レイ〟という読み方で、もちろん意味も〝ゆたかな〟の意味ではありません。〝ゆたかな〟の〝豊〟字とは違う字だったのです。


では〝ホウ〟という読み方、また〝ゆたかな〟の意味の字はどこにいってしまったのでしょうか。


〝豐〟という字があります。紀元前から存在する字です。〝ホウ〟と読みます。これが今我々の使っている〝ゆたかな〟の意味の〝豊〟の元の字なのです。


ただこの〝豐〟字も後漢の隷書の時代には〝レイ〟と読む〝豊〟字に書かれるようになり(字形の類似性などから)、また書かれることが多くなり、それ以降、〝豊〟字を〝ゆたかな〟の意味である〝豐〟字として使ってきた歴史があります。


つまり後世、字形的に一緒になってしまったのです。


余談ですが、〝艶〟の〝豊〟は〝豐〟の字源を持つ字のようです。


最後に〝醴〟字、及び〝ゆたかな〟の意味を持つ〝豊〟の旧字体〝豐〟字の説文篆文、いわゆる小篆の写真を載せます。その違いを確認してみてください。


(醴)


(豐〈現在の豊字〉)