きょうのきょうみ[めがね] | 心からにっき@ASOBI

きょうのきょうみ[めがね]

言うまでもなく

メガネは顔の一部だ。

私の実感でもあるし

CMでもそう言っていた。

それが正しいとすれば

メガネを変えることは

顔の一部を変えると等しい。

そして、顔の一部が変われば

印象は大きく変わってくる。


私は今、メガネを探している。


パスカルの言う

「クレオパトラの鼻。もしもそれがもっと低かったら、

大地の全表面が変わっていただろう」

という程は変わらないにしても

私の生活くらいは変わるかもしれない。

それを期待して

私は今、メガネを探している。


☆          ☆          ☆

私の愛用しているメガネは

3つある。


ひとつは仕事の時にするメガネで

横幅がほんの少し大きい。

理由は

「顔が大きいから」ではない。

「知的に見えるのではないか」という

淡い期待からだ。


あとのふたつはプライベート用のサングラス。

ひとつはフレームやレンズが茶色で

いかにもプライベートらしい少し尖った厭らしいメガネ。

もうひとつは全く壊れていないのに

その茶色のメガネを買った為に殆ど使われなくなった

可哀想な薄水色のレンズがついた可愛らしいメガネだ。


☆          ☆          ☆


先日、とある美術館へ足を運んだ。

もちろんプライベート用の

茶色い厭らしいメガネをかけてだ。


その美術館は辺りに広い自然公園があり、

その中をゆっくり散策する事が出来る

森の中に佇む気持ちのいい美術館だ。


だが、残念ながら私は絵画や彫刻に詳しくない。

学校の美術の時間は、いたずら書きをして

出来る限り後の席で時間を潰した。

だから、私が美術館に足を運んで楽しむことといえば

もっぱら「雰囲気」だ。

場所の雰囲気、作品の雰囲気、同伴者との雰囲気…

そして私自身の雰囲気。

それらすべてを楽しみたくて

美術館に足を運ぶ。


その美術館の作品は

一人のフランス人作家の作品がすべてで

力強い黒の描線と鋭いフォルムが印象的だった。

「サブカルチャー的なテイストを含む」と感じて

ポップアートを連想しながらの鑑賞は

何億もするような作品をいくつも所蔵する

いかにもハイカルチャーな美術館より

よほど楽しめたし

その日の私には心地よかった。


天気にも恵まれ

館外のタイルに落ちた枯葉にも

味を感じた。

なにより辺りの自然が嫌味なく

「ただそこにある」だけなのが

心地よかった。


本当に楽しい時間だったが、

ただひとつ

少しだけ引っかかる事があった。


「自分の雰囲気」だ。


☆          ☆          ☆


出掛ける前に鏡の前で自分の姿を確認する。

あるいは、身に着けるものを選びながら

その日の自分の雰囲気を無意識に作る。

それが、その日の自分の行動とずれていると

気持ちのどこかに引っ掛かって

心から楽しめない。

そんな経験はないだろうか。

私には、ある。

そんな日はとても残念だ。


私も今では一応、大人として見られる。

目じりに皺もあるし

肌理も細かくなくなった。

精神年齢なんていう

見た目でわからない年齢では

他人は判断してくれない。

そんな私が

精神年齢と同じ程度のメガネしかかけないことは

明らかに自分の行動を狭めている。


だからそろそろ

自分の実年齢程度の

色の入っていないメガネで

自分の雰囲気をつくりたい。


☆          ☆          ☆


今まで、プライベートはおざなり

にしてきた私だが

今、メガネを探している。

プライベートでかける為の

レンズに色が入っていない

雰囲気を作れるメガネを探している。

できれば私が少しだけ大人になれるような

そんなメガネが見つかれば最高だ。


そしてそれをかけて

「大地の全表面」を変えてみたい。

それが今の願いだ。