✳オリジナル小説です
とある地方都市の閑静な住宅街のビルの一室にある
『33』という不思議なお店。
お客様に小学生の頃に戻ってもらい、お母さん役の女性に何でも話してみて、自分は愛される存在であることを思い出してもらう場所です。
癖の強い従業員たちが色んな思いを抱えた人々を癒します。
ナカさんがカレンダーを見つめていることに気づいて、フジコはそっとつぶやいた。
二人は会社の同僚という関係以外に、ゆうじさんという"心に空いた修復不能の穴"を共有していた。
その"心に空いた修復不能の穴"のおかげでこの店で働くこととなったのだが。
☆☆
ゆうじさんは、フジコの大学のサークルでとても仲の良かった先輩だ。
社会人になってからも付き合いが続き、たくさん相談にのってもらった。
穏やかな性格でどんな話も柔らかい笑顔で話を聴いてくれた。
ある日、フジコがゆうじさんと食事をしていた店に同じ会社のナカさんが偶然やってきた。
その時ナカさんはゆうじさんに”ひとめぼれ”してしまった。
周りは知らなかったが、ゆうじさんの恋愛対象は男性だった。
ナカさんの猛烈なアタックとフジコが仲を取り持ち、めでたく二人は付き合うことになった。
それからは3人で会うことが多くなりそれは楽しい時間を過ごした。
ある休日、ナカさんとゆうじさんが仲良く一緒に買い物をしているところをゆうじさんの上司に見られてしまった。
この上司は人望・実力・出世予定のあるゆうじさんにかねてから嫉妬していたのだ。
なんとか自分の立場を守りたい気持ちからか、ゆうじさんのプライベートを会社中に広めてしまった。
会議で話題になったが、ゆうじさんの実力を認めていた当時の部長の
「社則には人間同士が愛し合うことについて規定していない。」
という発言で、事態はなんとか収束を迎えた。
この展開にゆうじさんの上司は収まらず、嫉妬からどす黒い怒りへと気持ちが変化したのかもしれない。
なんと、ゆうじさんの実家に匿名の手紙を送るという行動に出た。
ゆうじさんの母親は、出来のいい息子に将来のあらゆる期待を込めていたのを上司はかねてから知っていたからだった。
思いもよらぬ告発が心臓の具合の良くなかった母親に打撃を与えたかは定かではない。
しかし、母親は手紙を握りしめたまま倒れていた。
それから数週間意識が戻ることなく、その冬で一番寒い朝に息を引き取った。
この日からゆうじさんは自分の殻に閉じこもり笑顔が消えた。
一方、フジコとナカさんはゆうじさんの悲しみを受け止めてあげたかったが、自分のことで手一杯の時期と重なってしまった。
ナカさんは取引先の海外の会社が倒産してしまい、担当者として処理のため長期日本にいなかった。
フジコの方は、初期の乳がんが見つかり治療に専念せざるおえなかった。
ナカさんがようやく自宅に帰ってきたとき、ゆうじさんの変わり果てた姿を発見した。
誰にも相談せず、ゆうじさんは一人で旅立つ選択をしたのだ。
相次ぐ身内の死に関係するナカさんを、ゆうじさんの妹は激しく拒否した。
それでも、通夜の会場近くでじっとたたずむナカさんの姿を見た妹さんがフジコが一緒ならば夜中だけゆうじさんのそばにいることを許した。
そこには受け入れなければならない現実が横たわっていた。
ナカさんは棺に覆い被さりながら何度も囁いた。
「愛してる…愛してる……愛してる…愛してる…愛してる…」
棺の中はナカさんの愛と後悔でいっぱいに満たされた。
☆☆☆☆
それからのナカさんとフジコは生きている実感を失った。
支えてもらった人の力になれなかった無力感。
愛する人の生きる気力になれなかった絶望感。
自分のことばかり考えていたことへの後悔の念。
その当時、どう過ごしていたか今でも記憶が定かではない。
そんなある日、フジコは仕事中にミツヨから声をかけられた。
「あなたの心は今どこにありますか?」
ぼんやりしていて、質問の意味が理解できなかった。
「大変申し訳ございません。
他ごとを考えておりました。
もう一度よろしいでしょうか?」
「不躾でごめんなさいね。
あなたの心は今どこにありますか?」
瞬間フジコは立っていることがつらくなり、その場にストンとうずくまってしまった。
つづく
その当時、どう過ごしていたか今でも記憶が定かではない。
そんなある日、フジコは仕事中にミツヨから声をかけられた。
「あなたの心は今どこにありますか?」
ぼんやりしていて、質問の意味が理解できなかった。
「大変申し訳ございません。
他ごとを考えておりました。
もう一度よろしいでしょうか?」
「不躾でごめんなさいね。
あなたの心は今どこにありますか?」
瞬間フジコは立っていることがつらくなり、その場にストンとうずくまってしまった。
つづく