✳オリジナル小説です

とある地方都市の閑静な住宅街の、ビルの一室にある
『33』という会員制の不思議なお店。

癖の強いスタッフたちが色んな思いを抱えた人々を癒します。

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「………………私の母は父の言いなりで、私の話はあまり聞いてもらえなかったという記憶しかありません。」


「もし子どもの頃、お母様にどんな言葉をかけてほしかったですか?」

「そんなのはありません。」

間髪入れずに答えた後、永く感じる沈黙が流れた。



「……
早紀子のことが一番大事だといつも思っているよ。」


その言葉を言った瞬間、早紀子の目から涙があふれた。


「早紀子さん、私がお母様に代わって言いますね。



お母さんは早紀子のことが一番大事だといつも思っているよ。


生まれてきてくれて本当にありがとう。」


早紀子はカフェにいることはわかっているが、下を向いて泣いてしまった。



「泣かせるつもりでお呼びしたわけではありません。


このように、その人が欲しいと思っている言葉や自分の存在を認めてくれる言葉や態度を


相手に渡していただく仕事です。


少し研修を受けていただければできます。


しかし、誰でもできるわけではありません。


だから早紀子さんに声をかけたんです。」



早紀子はハッと顔を上げた。もう冷静な自分がそこにいた。


「あなたの人生を聞くつもりはありません。




少し前からコンビニでのあなたの仕事ぶりを拝見していました。


素晴らしいと思った点は2つ。


仕事の流れを見極める力と相手の感情に対する気遣いです。




少し前にスポーツ大会があってコンビニがとても混雑したときがありましたよね?」




その日は混むとわかっていたが、レジに長蛇の列、商品の品出しなどで想像以上にすごかった。



「その時、早紀子さんは笑顔を絶やさずにスムーズに対応していました。


早紀子さんの隣のレジで、待たされていたお客様がいら立っていた時に声をかけましたよね?」



自分のレジも大変だった。


そういえば、もうすぐで怒りを爆発しそうなお客様がいた。



”混みあっておりまして申し訳ございません。もう少しお待ちください。”


とっさに声をかけた。



「あの場ではそのお客様だけを対応したと思っているでしょう?


でも、レジ待ちのお客様全員がいら立っていたんです。


それを笑顔と優しい声で落ち着かせたんです。


早紀子さんだからできたんです。」




父親や夫の顔色ばかり見ていたから人の感情には敏感だと思う。

怒鳴られる前に出た無意識の行動に過ぎない。


つらすぎる過去が無駄ではなかったのか・・・。



「30分経ちましたので、今日はここまでにしましょう。


この仕事に興味がわいてきたらもう一度ご連絡ください。」



そういうとミツヨは席を立った。


「あの。」


質問しようとした早紀子を笑顔で制してミツヨは店を出た。


少しぼんやりしてから早紀子は外に出た。

”なんだかよくわからないけど今はいい気分。”




「あー、すっきりしたぁーーーーー。」



店の外で大きな伸びをしながら早紀子は独り言をつぶやいた。




夕暮れの鮮やかさが今の私の気持ちを表しているかもしれない。



とりあえず帰ろう。


とりあえず息子を抱きしめて


”生まれてきてくれてありがとう”


って言ってみよう。



つづく