それぞれの学校で記憶に残ってる先生はいますが…
(小学生)
とにかく、やたらと病気がちで、風邪→肺炎、が当たり前すぎて、夏はプールにほとんど入れんわ、マラソン大会的なのは、喉の奥から血の匂いとかしてましたねー。
女性の担任がほとんどでした。
中には、他の子には「贔屓をする先生」にあたったこともありますが、冷遇こそされても可愛がられることもなく、学校に来てればなんとなく白々しい雰囲気で、体調の改善というよりは生きててよかったねーみたいな感じでしたねー。
自分でも、何でまだ生きてるのかよくわかりませんでしたね。
一度だけ、男性の先生が担任だったことがあります。
いつもの肺炎になり、学校に復帰したら若い男性の先生に替わっていて、よくわかってらっしゃらなかったのか、夏も冬も普通の子と同じように体育をさせられて、高熱出すわ肺炎やら喘息になるわで、なかなか大変だったなー、という思い出ですね。
もうね、当時「熱中時代」とか、金八先生シリーズの走りの頃だったので、特に男性の先生が暑苦しい…![]()
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まあ、その先生は今でいう産休代替だったので、元の先生が復帰されたらどこかへ行かれましたが。![]()
今思い出すと、その先生からはなんとなく遠ざけられてましたね。
まあ、下手に運動させられないし、扱いが面倒だったのだろうと思います。
ふふっ、そうそう思い通りに運動させてやらないんだからな![]()
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(中学生)
成長に伴い、小学生の時と比較すると体調も安定してきました。
…が、中1のときに体調がズタぼろになったときがあり、1ヶ月くらいまともに通学できませんでした。
成長期の不安定な体調なのと、交通事故の後遺症、といったところですね。![]()
塾は通ってなかったので、職員室で先生を取っ捕まえては勉強の遅れの部分を補講してもらってました![]()
いろんな先生方に、「病気明けなのに積極的に質問に来て、なんて真面目だ!」とアホみたいに高評価でしたが、あまりに勉強がわからなすぎて本気で死ぬかと思っただけです。![]()
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中学生時代で記憶に残る先生は、中2、3年の時の担任ですね。
うちの中学がビーバップ気味(ひとつ上の学年に竹原慎二さんがいました)というのもあり、まー手が出る足が出る![]()
担任も背負い投げするわ殴るわ…でしたね。
で、私が高校受験するときに、生まれつき後頭部に金髪のところがあったので、一筆「生まれつき、頭髪の色が金髪の部分があり」と書いてもらうようにお願いしたところ…
「頭が生まれつき薄い」と書きやがりました。
いやーん、ハゲチョロじゃないもぉーん、ちっ、クソがぁぁぁ![]()
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それはおまえじゃー!とそのときいた友人たちとつっこんでやりましたわ![]()
そして、ほとんどの同級生が地元の公立高校に進学するところ、高校からは広島市内の私立高校に通いました。
それも、「ドキッ!女まみれの高校生活!! リアル「高校教師」もあるよ!!!」な、なかなかスパイスの効いた3年間でしたね![]()
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…そこはまた続き、ということで![]()
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