今回は、成人になって発達障害ADHDと診断されたさにーの幼少期のお話です。

中にはADHDそのもの~というものから、発達障害の複合体だな~というのもありますが、すべてひっくるめた記録です。

(あくまで私個人の特性なので、ADHDすべての人が同じではないようです)

 

さにーは某県の山間部、ドがつくほどの田舎で生まれ育ちました。

親戚中で数十年ぶりにうまれた女の子(超男系の一族だった)なので、親戚中からかわいがられたそうです。(親戚のおば様たちもみんな息子しかいなかったので)

 

ただ、言葉をしゃべるのが遅く、母子手帳に検診時に相談した記録がありました。

三歳児検診の心配ごとを記入する欄に

 

・言葉が遅い(発語がすくない)

・おもちゃなどで遊んでもあきっぽい

・やたら頑固

 

とありました。やたら頑固‥(笑)

 

発語については、4歳に舌小帯(舌の裏について筋のことです)を切っています。多分、発音カ行、サ行、タ行がいえず、舌の筋が少し余分についた状態だったので切除したようです。

ちなみに今は、ほとんど行われないそうです。(なんせ30年以上前、)

ちなにに上の娘も構音障害と4歳で診断されましたが(やっぱりカ行サ行タ行が発音できない)

言語リハビリを2年間うけました。

 

幼稚園に入園しても、友達をつくらず、一人でいたそうです。遊具で遊ぶでもなく、あっちこっちふらふらしてました。それか担任の先生のあとをひたすらついてまわりました。

母も、まわりも「人見知りなんだろうな」

そう思っていたそうです。

 

実は‥、私は人見知りをしているわけではなかったんです、

「遊んでいる他の園児たちの様子を見る遊び」をしていたんです。

「遊んでいる子供たちの動きを観察」していました。

 

そうですね、「幼児番組で楽しそうに遊んだり、リトミックをしている番組をみてる」

これと同じです。

だから、見てるだけでいいんです。参加したいと思わないんですよ。

 

けれども、参加しないのにふらふら~と近くに寄ってきて、見ているだけの子がいたら、

やっぱり???て思うのか、

年中なると、嫌われ始めます。

「こないで」「あっちいって」

そして給食でも、隣に座っていいと言ってもらえなくなり、

とうとう年下の年少さんからも同じ事を言われるようになりました。

「あっちいって」

といわれても何も言わず、私は離れます。

なにも感じません。「あっち行って」といわれたので「あっちにいく」のです。

わたしは、仲間はずれにされてる自覚すらありませんでした。

 

 

その頃くらいから、教室や遊戯室など沢山人がいる場所がうるさくて、よく嘔吐してしまい、早退することが多くなりました。

祖母に迎えに来てもらい家に帰ると、治るんです。

 

幼稚園時代はあまり楽しい記憶はないです。

いやいやでした。

でも大好きな祖母に幼稚園まで歩いて送ってもらえるから我慢していきました。

 

大嫌いだった幼稚園時代は、結局だれともはなさず、遊ばず、終わりました。