黒歴史編、続きます。
印鑑は手に入れたけど
どうなる、小娘!?
聖書の勉強しませんか?
印鑑を手に入れても
もちろん現状は1つも変わらず
8日たって人に話をしたのは
当時は彼氏だった夫で大変に呆れられた。
すでに買ってしまい、
クーリングオフ期間も過ぎているので
時すでに遅しで彼はプンプンしながら
私に説教をしてきていて
そのからくりにようやく気づいたものの
しつこく色々言ってくる彼の言葉は
自分の愚かさを思い知らされるのと
結局家族や先祖は何も変わらないんだ
というがっかり感もあり
しょんぼりするしかなかった。
時系列はもう忘れたけれど
当時は街頭で盛んにこういった声かけが
行われていて
次に私が興味を持って話を聞いたのは
聖書の勉強をしませんかという声かけだった。
(まあ、懲りてないよね!)
こういうことに興味のある私は
また話を聞いてしまう。
声をかけてきたのがNさんという男性で
ニコニコして話し方の優しい
ちょっとムーミンに似ている風貌の人で
この人の話なら、ちょっと聞いても
いいかなと思ったのかもしれない。
そこでは綺麗なサロン風の部屋で
聖書の解説ビデオを見た後に
コーヒーとお菓子が提供されて
必ず感想を聞かれる。
(あっビデオってわかるかな?
DVDも世に出てない昭和の話なんだよ笑)
Nさんがいる時は私の相手をしてくれ
いない時はその時中にいるスタッフが
話を聞く形だったはず。
Nさんはおそらく30代くらいの
男性で、最初の印象通り
優しげであまり声も大きくなく
安心していられたのかもしれない。
正直なところ
ビデオの講義は興味が持てなかった。
言ってる事もわかるような
わからんようなものだったので
感想を聞かれても
はあ、難しかったですくらいに
答えていたかもしれない。
神様はいると思いますか、みたいな
質問もされたけど
私の中では神様は当たり前に
いることになっているので
ごく普通にいると思ってますって
答えるだけで、すごいですねという
言葉が返ってくる。
すごいってなんなん?とか
思いながらも適当に
受け流していたと思う。
この辺の彼らの意図はわからないけど
いないと思ってる人の方が
いろいろやりやすかったのかもしれない(何を)
そこでは、講義のビデオを1つ見たら
置いてある映画も好きに見て
いいということになっていたので
Nさんとは神様の話と一緒に
見た映画の話なんかも
していたかもしれない。
今となっては何がどうなって
そうなったのかさっぱり
思い出せないのだけど
そのサロンには
たぶん勉強しにいくというより
Nさんと話がしたいから
行っていたのだと思う。
その頃の私は
健全な愛情というものが
全くわかっていなくて
上澄のような浅いものでも
その言葉がわかりやすい優しさで
飾られていたら
この人は私に愛をくれるかも!
という認識をしやすかった。
(なので、彼に呆れられて説教されたことは
愛だと認識されていない。
ただ単に自分はダメな子なんだという自責が増えただけ)
背景として、家でも祖父母の家でも
いつも誰かがいがみ合っていて
思いやりとか
人が労りあう光景を
ほぼ見た事がない環境だったので
優しい言葉をかけられるという経験が
極端に少なかったのだ。
言葉が優しく違和感がなければ
(直感的に変とかよさそうとかは感じる)
優しくされると、ころころと
依存していく傾向があった。
わかりやすく優しくしてくれるNさんにも
そうだったんじゃないかな。
このままNさんとずっと関わっていたら
そのあとまだもう少し深く
この団体に関わっていたかもしれない。
![]()
![]()
なかなかに危うい過去の私ですね。
今書いていても「ちょろい子だなあ」って
思ってしまいます![]()
続きます。
次回は(あなたも○○になりませんか?)




