筋肉がキューっとする。

ビックバンド、Vanguard Jazz Orchestraを聴いていて、そんな感じになった。

彼らの演奏は凄く心地良くリスナーを笑顔にする演奏だなと思う、
だからこそリスナーとしては、本来緊張して聴くようなものでは無いと思う。

ところがこう、脇腹や背筋がキューっとなる。

これは多分僕がドラマーだからだと思う。
もしかしたら管楽器の人達もそうかもしれない。
だとしたら、ミュージシャンがキューっとするのかもしれない。
その原因はこの心地良いノリの出来かたにあると思う。


ミュージシャンは常にこの心地良い音やリズムを出しているが、
それは凄く緊張感のあるタイムの上を優雅に踊り回っている、そんなようなものなんだと思う。

ことドラムにおいて僕の聴く限りでは、
手足のタイム感がそれぞれ違って、でもお互いに関係しあって一つのリズムになっている。
そんな風に聴こえる。

具体的には、
左足のハイハットが最初に出したテンポを確実に力強く守っていて、
その上に右手のシンバルレガートが疾走感を出して前に行きつつも、ハットのリズムとしっかり合う。
つまりタイムストレッチしている筈なのに、それは上滑りでなく粘りとして心地良く演奏する。
そして左手と右足で管を呼び込んだり合わせたりする。
特に右足のバスドラムはタイミングもコントロールも難しく、
あの緊張ある優雅な演奏をしているのは本当に凄いことだと思う
管は管で自由に歌っているので、また少し違うタイムで緊張感と心地よさを生んでいくが、
そこにピタリと手足が合っていくのだからメロディーもしっかりと歌えていて、
文字通り息が合っているんだなと思う。


つまりドラムは、
左足でその曲の地平を示し、
右手で風景と緊張感を演出して
左手右足で曲の中に参加してお喋りしている。

よく「ドラムって手足バラバラに動いて凄いですね」なんて言われて、
「実は全部で一つって考えて、重なってる部分も多いからそこまで難しくないんだよ」
という会話があるが、その次に思う事はやっぱりバラバラなんだなと。
プロ中のプロは凄い。



そして、僕の筋肉はキューっとする。

これは冷や汗の出る背筋の伸びる感覚にも近いし、
実際に身体の動きを支える筋肉が活躍している時、キューっとしているんだと思う。

もちろんVanguard Jazz Orchestraのドラマー、
ジョン・ライリーさんがキューっとしているかは分からないが、
僕がああいう演奏をしようとすると、まだまだ身体を支える事に筋肉が一生懸命になってしまう。
あと少なからず、そのノリを持続していかなければいけないという、
ネガティブにも似た緊張感もあると思う。

白鳥が水面下で足をバタつかせ、その事に一生懸命で顔がこわばって優雅でない感じだ。


素晴らしいスイングとは、
しっかりした土台の上に自由に歌いまわるスリルがブレンドされて、
リスナーの耳に心地よい刺激として入ってくるんだと思う。

それを見た目や雰囲気も含め十分に表現出来るようになった時に、
僕の筋肉の緊張は気にならなくなり、心の底から音楽を楽しめるようになるのかも知れない。

その時ももちろんしっかりと、
僕の筋肉はキューッとはしてはいるのだけれども。




追記:昨日の夜書いた文章です。
   深夜に書いた感じが非常に出てるね!
うちのテレビのシステムは母親がハードディスクレコーダーに見たいものを録り溜めます。
僕や父親が通りかかって気になると、そのまま見続けます。

次の日が休みだったりすると夜の二時ぐらいまで見てたり。
どっちにしても僕はほとんど番組を録画しないので、出会いは本当に偶然です。

そんななか今日見たのは、



美の壺(横浜中華街)

ちはやぶる(青春カルタアニメ)

アインシュタインの眼(競技カルタの名人の技)

向井理の出てくる青春フランスレストランドラマ



このところのドラマは本当に母親が見ているのを横から時々チラ見する程度。
韓国ドラマはストーリーが長すぎて追えず、
ミタさんはやってる時間に帰ってなかったので一度も見てはいない。

なんだけど、なんとなくチラ見してる感じから思うに、
最近のドラマの努力的な部分の描写ってあんまりないなとか、

仕事と恋愛で悩むのはいいし、現実問題共感出来る人も多いとは思うんだけど、

例えば
香里奈が照明会社の社員で出てたドラマとか、
菅野美穂が医者で恋愛の恨みで復習するやつとか。

チラチラしか見てないから凄い勘違いをしてるかもしれないけど、
仕事の描写適当すぎない?
恋愛持ち込み過ぎてない?

多分恋愛で悩んだりするけど、それを仕事に支障があるまでにしてはいけない、
でも凄く辛い、みたいな葛藤がある人はいっぱいいるんだと思うし、真剣に悩んでるんだと思うし、
なんかそこのバランスが見てて良く分からんな~と。

ドラマにそんな突っ込んでもって言われるかもしれないけど、
心情をしっかり描いていくから面白くなるんじゃないのかな?って思ってしまう。



最近そんなこと考えてます。


だって教授に復習したいだかなんかで医療事故おこされたら
患者のほうが溜まったもんじゃないぞ!!

ドラマに熱くなってます! はい!!




そして今回の向井くん(うちではこう呼ばれている向井理)が出ている
青春モノなのりのフランス料理店のドラマを、夕食を食べながら横目で見てました。

パッと見てると、
なんちゅうか、

計画もなんにも無しに店とか開いても才能があれば、
あとは偶然も手伝ってなんとかなるでしょ!
的な感じでした。

出てる役者さんはいいと思うけど、話の内容それでいいのかねって?




さてさて話は変わりますが、

ドラムや楽器なんぞやってますと、
最終的に全てを飲み込むぐらいの覚悟と勢いで色々な事にチャレンジしていかないと
ものにならないな~なんて思うことがよくあります。

そしてその飲み込もうとする力や、悩んで苦しんだり、
でも好きでたまらないからどんどんやっていく、

その姿勢に、そのものへの愛情を感じたりします。

最近凄いミュージシャンばっかりの現場におじゃまする機会があって、
その時もいままであまり聴く機会のなかった方々の演奏を生で聴いた時に、

その演奏の丁寧さや選曲の感じ、なにより演奏や声から本当に愛情を感じて、
本当に音楽の好きな人達が、あーでもないこうでもないって試行錯誤した結果がこの演奏なんだなと、
そんな事を感じました。


言葉は違うかもしれないけど、

そこには、楽してプロになるにはどうすれば一発逆転出来るか?とか。
適当にやってみたら偶然がトントン拍子に続いてのシンデレラ・ストーリーとか。
そんなちっぽけなその場しのぎのではなく、
一生懸命ひとつひとつ積み重ねた努力と愛情の結果のプロ精神なんだなと。


そういう人たちを見る時に、本当にプロフェッショナルに憧れるし、
自分もそうなりたいと思う。


恋愛を軽視してるわけでは全然ないし、むしろ出来たほうが良いんだけど、
けれども相手のあることでもあるから、自分がちゃんとそこに向き合える状態でないと
相手にも失礼なわけで、

でもやりたいことや仕事もあって、バランスを取るのに悩むわけだけど、
そこを適当に描かれているドラマはどうかな~と思ってしまったりしました。



ちなみにカルタアニメのちはやぶるは、
逆に凄く真っ直ぐないい子達ばかりが出てきます。
別にいい子ちゃんアニメってわけではなく、みんなが本気でカルタの甲子園
近江神宮に行きたくて一生懸命考えて、練習して、
そういうアニメで見ていて凄く気持ちが良いです。


やっぱり一生懸命やった先には何かあると信じたいし、
でも一生懸命やってます!だけじゃダメで、
状況をみて、考えて失敗して、間違ったところは修正しながらまたトライして、
そういう事に一生懸命なのがいいなと。

こんなことを書いていると、もしかしたら今の中高生や、
ヘタしたら同世代からも古臭いと言われてしまうかもしれないけれど、

でもそんなに簡単じゃないからこそ一生懸命モガかないとどうにもならないし、
そのモガいたことは自分の成長に絶対つながるなと。

そんな事を込めた作品や、そんな空気の漂ったものが世の中に増えるといいなと
個人的に最近思います。

長々と最近思った事をズラズラと笑。


これはもう文章を長々読まされるより、ネットラジオのフリートークみたいにしたほうが
まだ見やすいかもな笑



新しくお友達のブログ見つけたり、
アメンバー限定みたいな日記が更新されると、メールで気づいたり。
忘れたり笑

そんなアメーバ的にはのらりくらりな生活してます。

何かを発言するのはもっぱらTwitterになってしまいました。

Twitterが出てきた今、ブログは物事を編集して書く練習。
もっと言えば、頭を整理して人にわかるように伝える訓練をするとこ、
みたいな感じもありんす。


だから更新されてないわけで笑


まぁこれも何かのきっかけって事で久々に。



非常に個人的なことですが、
夏過ぎからパソコンがおバカになり。

起動しては「いや、実は起き上がる体力はないのよ、、、ごめん」

再起動

「あ、どうも!起動してくれてありが、、、、」

再起動

「いやー、熱いね~、夏、、、、」

再起動

「ピッ」

再起動

再起動


結果再起不能


こんな感じでした。
思えば初めて作ったパソコン。

教習所の待ち時間が暇だと、隣のPCデポに入ったのが始まり。

思い入れもひとしおです。




みたいな事もなく、
しょうが無いって事でハードディスク買ったり
Win7にしてみたりそんなこんなで環境もすっかり代わり。

そもそも前がどんなだったか忘れ笑
家にはあんまりいないので、とりあえず起動してる感じです。


で、何を言おうとしたかというと、

(こういうのを見やすく、分かりやすく書く訓練じゃなかったのか?)


前のパソコンに入ってたテキストデータ。

このブログに書くためのメモだったんだけど、
なんかいまいちなくしてしまったような。

まぁそのうちもうちょい真面目に探そうかな。


内容は9月に仙台に行ってきて、
楽しい出会いもあったし、音楽にも触れられて、
でも悲しい現実の一部もこの目で見てきて。

やっぱり石巻を歩いた事は色々頭に残ってて、
東京に帰ってすぐ、とりあえず今の気持ちをメモに残そうと思って。
そんなテキストデータでした。

その時に勢いは無いけど、今でもあの風景を思い出したり、空気感を思い出したり。

でも、今はなんかまだ書きなおす気にはなれないので、
メモが見つかればそのうちのっけようかな。


話は変わって、仙台に行ったひと月かふた月後に
石巻が復興してる夢を見た。

前の町並みを知っているわけでは無いのに、なんか凄い不思議な感じでした。

ただ、それは逆に半年たってもまだまだすごい状況だな
って思った事もあるのかな?

なんにしても、少なくとももう一度、いやいやそういわず二度三度

いやいや、遠慮せず何回も行きたいとは思ってます。


それに最近ARCOってカホンメーカーが石巻にあるってことを知って、
ちょっと叩かせてもらった楽器もいい音してたし、
そういう意味でも興味津々。

震災から2ヶ月ぐらいで、もう楽器を作り始めてたとか。
すごいパワー。



いつもどうり長くなってしまったけど、

だいたい最初の再起動の行書いてる所でちょっと楽しくなってたし笑

また何かのキッカケで書きます。


それまでそれまで

どんとはらい。
最近NHKの週刊ブックレビューで紹介されていた

「ふしぎなキリスト教」

を、読み始めています。

別に僕が宗教家になるわけじゃなくて笑


多神教で無宗教は日本に住んでいて、
一番世界との価値観の違うところは宗教じゃないか?とは思ってて。
多分日本人、少なくとも僕は宗教を持っている人の感覚は分からないので、
その理解につながればと思って読み始めました。

日本の一人ではなく、地球の一人として、
この星の上で起きていることをもうちょっと知ったほうが良いんではないか?
と、なんとなく思ったから。

そして海外にも興味が湧いてきているからです。

友達が二人海外にいるってのもあるし、

あ、三人だったかな?笑

Jazzをやってる以上は、向こうのもんなので。



で、唐突に原発放射線。


僕の周りの生活は今、凄くラッキーな事に何も変わってません。
僕の感じている雰囲気は、
「放射能とか大変だけど、まだ大丈夫だろう。ジワジワ来てるのはなんとかく」
とか、実際生活変えるのも大変だし。

端から見れば、水からお湯、そして熱湯になっても気づかず茹だってくカエルに見えるのかな?、
とも思ったり。

ただニュースや、特にツイッターを見る限り、事態思ってる以上に良くないようで、

こういう語り口調は嫌だけど、でも実感があるかと言われれば、
そうなんだろうな、ってのが23年生きた僕の感覚です。



実際横に出てるアメブロのニュースもこんな感じ

ニュース
女子アナの地デジ対応メイク
結婚したら「朝帰り」はダメ?
女が元彼に連絡してしまう時
携帯電話でダサイと思う事1位
13kgの減量に成功した秘訣
AKB前田敦子ブログにコメ殺到
小林麻耶、結婚披露宴に出席
高橋みなみ握手会中断 病院へ

地デジ対応メイク・・・
ま、大事なことだね。




で、そんな中、
今の時期、そしてこれからに向けてガンガン音楽の勉強をしたいと思ってる僕です。
実際するし、してるつもりです。
そこに手を緩めるつもりはないけど、


でもやっぱり

茹だったカエルがまだ気付いてないのか?
と思う時も正直あるわけで。


実際僕が立ち上がってなにかする事が出来ると、
今は考えられないし、アイディアもないです。


でも30代になったときに振り返って
今回の原発事故の爪痕が見えてきた時に、

「なんであの時分かってたのに、なんとなくで何もしなかったんだろう。
結果がこの様だ。」

に、なるのは嫌で。


少なくともドラムに関しては
そうなるのも嫌で、今も色々行動にうつしてます。
まぁ自分のやりたい事だし、当たり前の事だけど。


「分からない先の事を考えてもしょうがない。」
そう言っちゃえばそのとおり、


でも、ちょっと違うかも知れないけど、
今の状況だって、そんななんとなくの積み重ねの結果なような気もするし。


ココでそろそろ「変えなきゃいけないんじゃないか」と漠然と。


別に世界を!とか革命を!とかでは無いし。


一番近いとこで言えば自分なんだけど、
音楽以外の部分で、



つまり世界と、世の中との関わりの中で、
どう変わればいいかは全然見えていなくて。



あんまり日本人に得意そうなイメージは無いんだけど、
「哲学」大事なものの一つなんではないかと、
漠然と思ってる。



ただ哲学が分からないから今色々つついてる。

ルソーだとかカントにマルクス、アリストテレスだとかそういう話もあるかも知れないが、
今思ってるのは個人的哲学。


多分「指針」に近いニュアンス。


正直言葉の選び方が正しいかは分からないけど。


そしてそれを考えぬくだけの「パワー」や「バイタリティー」も必要だと思ってるし、
世界を見る目や、何の考えの元に今があるのか。
そういうものを頭の片隅で考えていく、今はそれしか出来ないかなと。
それで良いのかも分からないけど。



そこで「ふしぎなキリスト教」な訳です。


やっと戻った。戻ってこれて良かった笑



もちろん、生きるか死ぬか見たいな事にならない限りは
音楽、ドラムをメインに生きていくつもりです。


その上でこのところ考えてる事でした。



長々読んでくれた人が居たとしたら、
こんな個人的なことに付き合ってもらって感謝!!
ずっとサボってたけど久しぶりに短めに。

最近夜にメールや色々書物をしたり、
なんか書きたい事が出てきてTwitterで無理やり140×何回みたいに書いたりしてたけども、
せっかくこっちもあるんだから時々は使おうかなと。

今日書くのはお金の使い方。

時間はお金で帰ると思ってるんだけど、そんな感じでお金を使おうと思うと
手元にいくらかあったとしてもすぐになくなってしまう。
(最初のくだりよく分からないね)
ただ自分のために使わなきゃ意味はないわけで、
昔は断然形に残るのを選んでた。
今だってipodクラシックは職業柄欲しいし、革のスティックケースも欲しいし、
ノイズキャンセリングヘッドホンも欲しいし、セットも欲しいしシンバルも欲しい。

ただ、経験をお金で買うことも出来る。
例えば20万貯めてセットを買う事も出来るし、それも色々な意味で凄く大事。
でもそのお金で海外へ行って色々見てくるのも最近はすごく大事だと感じる。

お金が無尽蔵に入って来ればこんな悩みは無いんだけどね~。
今日はそんな話し。