はぐれ目医者のエッセイ
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現在に満足してる場合は夢なんて無いですよね。

現在に満足してる場合は夢なんて無いですよね。仕事だろうと、家庭だろうとこんな生活10年でも続けたいな、と思ってるなら夢なんていりませんね。夢が無いって言う時もう一つは、現在に満足してないし、将来にも絶望してるっていう意味で使う場合もあるんでしょうね。ニートの若者は生活には満足していて、仕事には絶望しているのかな。ある意味勇気のある正しい感じ方かも。

真実とは

真実とは、人間の文明の下にのみ存在する概念である。自然の動物、宇宙にも真実という概念は存在しない。真実とは人間の知恵の働く範囲内での最良の判断に過ぎない。人間が真実と思っていても、想像もつかないトリックがあるかもしれない。

よって真実は社会ごとに、集団ごとに、個人ごとに存在する。

真実を争い議論する時は本当の真実など存在しないことを知っておく必要がある。

靖国神社について

首相の参拝の是非が議論されている。国内の賛成派、反対派、そして中国、韓国など。靖国神社という一つの旗をお互いが取り合うような議論で、旗が一つしかない限りなんとなく誤魔化す位しか譲歩の方法も無い。

靖国神社でないと駄目なのか?全員に共通しているのは戦争で犠牲になった人に”日本国”というモノに大切に扱って欲しいという願いである。それは心に深く傷を負っている人が居る以上、なされるべきであろう。

だが靖国神社しか方法は無いのか?例えば政府が終戦記念日にあらゆる戦没者、遺族をいたわるテレビCMを流してはどうか。黙祷をささげる習慣を作ってはどうか。中国、韓国には言葉を惜しまずにかけてはどうか。

そもそも”日本国”という法人格でもなく個人でもないモノはイメージに近い実態のないものであって、戦前・戦後とも性質の異なるもののはずであるが、人は日の丸のイメージで”日本国”とひとくくりに捉えている。

だからこそ、”日本国”担当者は演出が必要だろう。白衣を着た医学生は老人宅を実習で訪問すれば先生と呼ばれる。そこはあえて否定せずに、優しい言葉だけかける。

とにかく靖国神社だけではだめだ。