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クサキモさんの映画感想

映画のことなど何一つ分かっちゃいない人間が、才気溢れる人々が精魂込めて創りあげた作品に☆をつけるというイタいブログ。ホントになんも分かっちゃいませんが、映画を観るのが好きです。

小学生のころ、クラスメイトと喧嘩をしました。


朝礼で先生の話がちょっと長くなると
脳貧血を起こして倒れるような子供であった私は、
相手に手を出そうなどとはゆめゆめ考えませんでした。


そんな私がです。


何かの拍子に相手の筆箱が床に落ちたのを見るや否や、
獲物を狙うライオンの如く走ったのです。
素早く。それでいて静かに。


そして、相手が拾い上げるよりも一瞬早く、
筆箱を思い切り蹴飛ばしたんですね。
スコーンと。


飛んでいきましたよ、見事に。


まず驚きました。
自分にもこんなエネルギーがあったんだと。


それと同時に確かに感じたんですね。
“快感”と呼ぶべきものを。


とても嫌な快感です。
今でも心の中に棘となって残っているらしく、
思い出すとチクチク痛みます。


そのせいかどうかわかりませんが、
私はゴキブリ退治が好きではありません。


あれって普段活発でもなんでもないような人が、
相手に、
ただの通りすがりの相手にですよ、
突如静かな闘志を漲らせて忍び寄り、
理不尽にも、
躊躇なく、
一撃必殺するわけですよね。もしくはメッタ打ち。


恐ろしいですよ。


もっとも見つけちゃったら私もメッタ打ちにはするんですけどね。
でも一応「ごめんなさい」と呟きます。


つまり何が言いたいかというと、


“残虐性”というものはこの世で一番醜いものだと思うのです。


この世の醜いものを沢山見てきたほうじゃない私が一番と決めつけるのもどうかと思いますが、
相当醜いものであると。


さて、「ゴースト・オブ・マーズ」には残虐シーンが幾度となく登場します。


人間の手だったか足だったか、
肢体が切り落とされたり、
首が切り落とされたり。


ところが、これらのシーン、
残虐性を憎む私が観ても、
あまり嫌じゃなかったんですね。
少なくとも「キック・アス 」に感じたような嫌悪感はありませんでした。


現に「キック・アス」はR15指定ですが、
「ゴースト・オブ・マーズ」は指定されていないようですから、
この感覚については映倫のお墨付きもいただいているわけです。
(アメリカでは公開2週間で打ち切りとウィキペディアにありますがそれはさておき)


これはおそらく、
スタイル抜群の金髪美女が火星の幽霊と闘う。という


とてつもなく現実感に乏しいストーリー


のおかげでしょう。


よく言われる“刃物より銃のほうが罪悪感を感じにくい”という
あの理屈に従えば、
現実からの距離が遠いストーリーであればあるほど、
棘の痛みは感じにくいはずですから。


ただですね。


それで、めでたしめでたしというわけにはいきません。


残虐性はこれまで、
“異常時”にひょっこり顔を出してきました。


普段喧嘩しない者が喧嘩している時とか、
視線の先にゴキブリを捉えてしまっている時とか。
これはもう完全に異常時ですね。


そうだとすれば、


例えば戦争のような異常時にも残虐性は顔を出しやすいわけですが、


この戦争というやつは、
平和な日常を知る者にとっては現実から遠い世界ですね。


ということは、私は戦争において、


残虐性に嫌悪感を抱きにくい


という結論になるんでしょうね、多分。


もし戦争が起こった場合、


私はこの世で一番醜い瞬間を迎える可能性があるということです。


いや、これはとんでもなく恐ろしいですよ。


長くなりましたが、最後にひとこと言わせてください。


この映画を、
今ここに書いてきたようなことをあれこれ考えながら観ると、
どうしたことでしょう。


まったく楽しめません!


考えなければ“くっだらない”映画なんですけどね。
(しつこいようですが、当ブログで“くっだらない”は褒め言葉です)
☆2.5