「ある講演会で、演者のマスコミ関係の人が開口一番「医者は権力者です」と言ったことに呆れた」とSNSで書いている医者がいました。そして、それに同意するコメント、マスコミへの非難がいっぱいつきました。

 

 件の講演で、その言葉に続けてどのようなことが語られたのかは分かりませんが、医者に対してジャブを打ったということでしょうか。そうだとして、思惑どおりの効果があったと言うべきなのでしょうか。

 

 「医者は権力者だ」と言われて驚く人がいることに、私は驚きました。こんなに「あたりまえ」のことが、あたりまえと感じられないとしたら、話が通じないわけだ。

 

 横柄な態度(ふんぞり返ったり、足を組んだり、貧乏ゆすりしたり)をとる、挨拶をしない/上からの挨拶、敬語のない(乏しい)会話、患者の話を聴かない、一方的に話す、指示的/指導的な言い方をする、患者を叱責する・・・・1)。これらのことについては、これまで何度も書いてきました。コミュニケーション講義でも演習でも、これらのことについてお話ししてきました。

 

 こうした日常に表れている「上位者」としての態度は、権力を背景にしています。その権力とは、圧倒的な医学知識を持ち(ほとんど別世界の言葉を話しています)、患者に対して生殺与奪の力を持ち=人の命に関わることを日常的に行い、人の生き方に干渉し指示する力を持っていることです。このような力を「権力」以外の言葉で表しようがありません。

 

 インフォームド・コンセントというけれど、怒涛のように押し寄せる医者の「正論」が患者の言葉を奪います(言いたいことが言えなくなります)。小峰ひずみさんは「優位者の「正しさ」が隠し持つ暴力性」を指摘しています(「議会戦術論」群像2024年7月号)

 

 「患者中心」「患者の自立」などと言う医者も、医師の権力の及ぶ範囲内で/自分が承認できる範囲内で考えています。患者に自立を求めるけれど、自立したらしたで、それが医療者の設定する枠を越えれば「問題患者」「おかしな患者」というレッテルが貼られます。こんな形でレッテルを貼ることができるのは、それだけで権力者です2)

 

1)最近の若い医師は、挨拶もしますし、言葉遣いも丁寧になりました。患者さんの話を聴きますし、分かりやすいように説明しようとしています。それが教育の成果なのか、時代性のためなのかはわかりませんが。

でも、どんなににこやかに、丁寧に接していても、それだけで医者の権力性が帳消しになるわけではありません。

 

2)「カスハラ」が問題になり、条例が制定される時代になりました。それに意を強くしたのか、SNSの世界では患者の態度を非難する医者の言葉が増えてきている印象です(前からいっぱいありましたが)。舞台裏で悪口を言うことで精神衛生を保っているのかもしれませんし、実際に書いている人はそんなに多くないのかもしれません。ほんとうにカスハラとしか言いようがない事例があることは私も知っています。それでも、医者の態度のために患者さんが「悲鳴を上げている」ことのほうがずっと多いと思うところから足を離してはいけないと思う。