今から50年ほど前(私が医者になったころ)、ある公立病院で妊婦を対象とする母親学級で助産婦(助産師)が「陣痛の痛み1)に耐えられないようでは、朝鮮人にも劣る」と講義したことについて、参加者から抗議があったと新聞で報道されました。

 敗戦から28年経っていましたから、まだこんなことを言う人がいるのかと驚きました。しかも、少し縁がある病院だったので、その言葉は今でも私の心の中にとげのように刺さっています。

 

 30年くらい前、葛西臨海水族園に行った時、若い母親が子供に「朝鮮人みたいな話し方をしないの」と言うのを聞いたときには耳を疑いました(明らかに蔑視的なニュアンスでした)。

 それからでもずいぶん時間が経ちました。蔑視する人は以前より少なくなっているとは思いますが、それでも蔑む言葉が聞かれます。

 

 なにかと言えば、朝鮮半島の人々や中国の人々にたいして蔑視/否定的な言葉を投げかける人は、私の近くにもいます。広くアジア、さらには非白人に対して、日本が「優っている」と思う人/根拠なく「見下ろしている」人も少なくありません。

 自分は欧米「先進国」の一員のつもりでいるようです(白人の国に行ってアジア人として差別されてはじめて、勘違いしていたことに気づく人がいます)。

 

 誰かを劣った存在と見下ろすほうが生きやすいのかもしれないとは思います。「この国はすごい」「良い国だ」「正しいことをする国だ」といった「国家幻想」に同一化することで自らを支えようとする(そうしなければ支えられない?)生き方もあるとは思います。

 でも、それを扇動するような政治家やメディアの存在は、この国の未来への足枷にしかならないと思います。小澤征爾さんの言う「個を大事にする」生き方とは正反対です(小澤さんについては〈2024.3.4〉に書きました)。

 

 何か犯罪が起きると「外国人の仕業だ」「この犯人は(日本人ではなくて)○○人に違いない」と言う人が必ず出てきます。日本人は「悪いこと」をしないと思いたいのでしょうか,反射的に蔑視が出てしまうのでしょうか。多くの場合、その外国名には「見下ろしている(差別している)」国の名があがります。

 

 この国がたくさんの民族の命と尊厳を損なってきた歴史から目を逸らしてはいけないと思います。まして、その民族を見下すような姿勢は「恥の上塗り」です。この民族には、アジア諸国だけでなく沖縄もアイヌも含まれます2)

 この国の負の歴史を見ない(なかった)ことにしていると、他の民族の人々を貶めることが「下品」だと感じられなくなります。そのような姿勢をとっている限り、アジアの人たちからの敬意を払ってももらえないでしょう。急速に成長しているアジアの国々から敬意を払ってもらえないことは、政治的にも経済的にも「国益」を損なうのではないでしょうか。

 

 「日本人の国なので、日本の文化・しきたりを理解できない外国の方は母国にお帰りください」と書いた政治家がいます。

 外国の人たちが集まってきている地域で、行き違いや問題が起きていることは確かなようです。「郷に入れば郷に従え」、“When in Rome, do as the Romans do”。私もそうだと思います。

 でも、この先の日本では外国の人たちに力を借りていかなければやっていけない時代が来つつあります。外国の人たちに「日本の文化・しきたり」を理解してもらい、日本の人たちが外国の人たちとの付き合い/親睦を深める手立てを探るために、政治に何ができるかを考えるのが、政治家ではないでしょうか。

 

 この政治家の言葉を聞いた時「病院の方針に従えないのなら、出て行って(退院して)ください」という、しばしば病院で言われる「上からの」姿勢の言葉と共通するものを感じてしまいました。「どうして患者さんが病院の方針に従えないのか」と患者さんの立場で考えてみようとしなければケアは始まりません。そのように考えようとしない医者が少なくないことが残念です。

 

1)無痛分娩も広く行われるようになった今日では「我慢しろ」などという講義は無くなっていると思います。巷では「無痛分娩での出産では子供に愛情が湧かない」などと言う人は今でもいるようですが、そんなことは全くありません。

 

2)60年近く前、大学入学試験を受けた時、少なくとも私の受験した二つの国立大学(一期校・二期校の時代です)では、試験開始の少し前に「外国籍の人は手を挙げて」という指示がありました。「どうしてそんなことを訊く必要があるのか、それもこんな時に」となんとなく感じた「いやな気持ち」は今でも記憶に残っています。あれは何だったのでしょうか。あの外国籍に沖縄は入っていたのでしょうか(復帰前でしたから)。10年くらいたって、私が入試の監督者になって会場に行った時には、そんなことは無くなっていたと思いますが、さすがに記憶が心許ない。