小児科では、昔から「大学病院や専門病院だけでは、子どもの「ありふれた」病気を見ることができない。だから、市中病院でそのような患者さんをいっぱい診る経験が絶対に必要だ」と言われています。

 私の若いころにも、そのような患者さんが「わんさか」集まる病院での2年目以降の研修を希望する(あまり集まらない病院には行きたがらない)研修医たちがいっぱいいました。

 

 でも、今の医学生たちに人気の研修病院の多くは高度医療や急性期医療に特化した病院です。そのような病院の中には、小児であっても、紹介状なしで救急来院した場合には時間外選定療養費を徴収する病院が出てきました(15歳以下からは徴収しないと明記している病院も少なくありませんが)。そのために、「ちょっとおかしいかな、心配だ」と思っても受診をひかえてしまう養育者が出てくるかもしれません。

 

 休日・夜間診療所が整備されているところでは、そちらを先に受診することが勧められます。そこで大きな病院を紹介される患者さんは、選定療養費は不要になりますが子どもを抱えてさらに移動しなければならなくなります。

 通常の小児科外来でも、紹介状をもつ人が中心になり、フォローするのは慢性疾患が中心になってしまいます。

 

 そうなると、救急でも子供の患者さんの来院は以前よりも少なくなります。子どものCommon disease(特にその始まり)を診ること(そして重症か軽症かを見極めること)も、その後の経過を診ることも、大病院ではその機会が減ります。

 病気の始まりを診て、診断に頭を悩ませることが一番の研修になりますから、小児科での市中病院での研修については、時間外選定療養費を小児からは徴収しない病院を選ぶほうが良いと言うべきかもしれません。

 

 子供の病気は突然発症することも少なくありませんから、救急外来でこそ多くのことが学べます。子どもの症状は分かりにくく、養育者に重症度が判定できないことが少なくありません。同時に、養育者の「何か変だ」「いつもと違っておかしいと思う」といった訴えだけが、重篤な疾患を見つける手がかりになることは珍しいことではありません。

 こうした養育者の言葉を絶対に無視しないようにと小児科医は教育され、その姿勢は身にしみついていますが、そのような経験をする機会も少なくなってしまうかもしれません(「もっと早く来ればよかったのに」などと言って養育者を傷つける人さえいます)。

 養育者と医者とのコミュニケーションは難しくなってしまうかもしれません。

 

 ずいぶん前のことですが、熱性けいれんを繰り返す子どもがいました。そのつど救急車で来院していたのですが、さすがに何度も経験したために、ある夜、痙攣後にそのまま眠ってしまったので、翌朝まで待って受診しようとしたところ、朝になって意識障害に気づかれました(脳出血だったと思う)。

 この例では、医療費から受診を控えたわけではありませんが、小児科医が「痙攣をしたら、すぐ受診するようにしてください」「痙攣のあとの経過がいつもと(こんなふうに)違うようなら、受診してください」と言っておけば事態は違ったかもしれません。

 痙攣で来る子供の多くは、外来で一定時間経過を見て異常がなければ帰宅になります(一律に入院としている病院もあるようです)。そうすると選定療養費を取られます。「すぐ来てください」と言いにくくなるかもしれません。選定医療費のために受診を控えて治療が後手に回る事例が、増える可能性はあると思います1)

 

 政府が“子ども家庭庁”まで作って「子育て支援」をすると言うのならば、せめて小児の時間外選定療養費徴収を無くすよう制度を修正することはできないのでしょうか2)。子どもにとっても、小児科医にとっても、あまり良い制度だとは思えません。

 

1)これまでの経験から。

・嘔吐で来院した5歳くらいの子ども。診察時には何も異常がなく、鎮吐薬で様子を見ていたら軽快したので帰宅としました。でも、会計を待っている間にまた激しく吐いたので、もう一度外来で様子を見て、結局入院してもらいました。髄膜炎の後部硬直が出現したのは病棟に上がってからでした。早めに治療できたので、順調に経過しました。

・嘔吐と腹痛で、アレルギーではないかと紹介された4歳くらいの子ども。当直医は、むしろ便秘と考え浣腸をしたところ軽快したので帰宅としました。翌日、私が外来で診察したのですが、腹部には大きな腫瘍がありました。この患者さんは、悪性リンパ腫だったのですが完治しました。まだ超音波検査が一般化する前でしたから、いまなら見落とすことはないと思いますが。

・腸重積の子どもに必ず見られるのは機嫌不良だと書いている人がいましたが、腹部に重積腫瘤を認め、血便もあるのに、整復前のベッドうえでもニコニコしていた子どももいました(診断に迷うわけではありませんでしたが)。

・子供の場合、主にウィルス感染による劇症型心筋炎の場合、腹痛などの「軽微な」症状で受診し、その後短時間で重篤になります。「ただの風邪です」「こんな症状で受診する必要はない」と言ったため訴えられた医者がいました(劇症型心筋炎では珍しいことではありません)。

 このような例はいっぱいあります。「こんな(ささやかな)症状で、よく病院に来たな。でも、そのおかげで重い病気が早期発見できた」という経験は、小児科医はみんな経験しています(逆に「しまった」と落ち込む経験もします)。

 

2)「こんなたいしたことない症状で受診するなんて」と思う(言う)医者は、いつか手痛い「しっぺ返し」(誤診)を食うことになるかもしれません(小児科医ならば、そもそも失格です)。「軽い」症状の人に処置や薬を出して帰すという「軽い扱い」をした数時間後に重篤な症状で再来院する患者さんは、子どもでも成人でも必ず一定の頻度で存在します(救急外来で何度も見聞きしました)。

「コンビニ受診」などと言われますが、「開いてて良かった」と思ってもらえれば最高ではないでしょうか。コンビニエンスストアに対して失礼な言葉です(コンビニの人たちは、どんな思いでこの言葉を聞いているのでしょうか)。