幽霊がサンにいるとすると何かええことでもあるわけ?

わしの山行の動機は景色と草木。一方この年齢では一端のサンはほとんど登ってしまっている。そりらにまた登ったらすむあなしなのだが、どうにも腰が上がらない。じぇんぶとはいわないが、カメラでとるほどの景色は憶えている。草木は共通のものも多くなおさら目新しくない。ところが出るとなるとそれがケツあげる梃になる。

幽霊にそれほどキョーミがあるわけだ。さらにそれはまたなして?

フワフワ正体不明しかにも死と関係が密接で禍々しいとこがヒジョーにミリキ。そしてもし実在するなら死を恐怖する必要がなくなる。どころか待ち遠しいあるいはよっぽど不幸ならさっさと自殺すりゃOKよー つうことになるのだよ。なにしろ音譜お化けにゃガッコーもー試験も何にもない(キッパリ)。

じも幽霊はいない可能性が大。現代ほどみんな退屈して物見高い時代はなかっただろう。TVで幽霊独占インタビューを流したら視聴率99%いけるのにないね。暗闇のなかであああ何か光が動くのがみえます。つってカメラそっちに向けずガタガタ揺らしてお終い、バカっぺえたらありゃしない。ほいぢ幽霊実在説を語るやつ、TVカメラの前でピストル自殺してザ たっちして見せたらんかい。

見えるシトには見えるけど見えないシトには見えないからちゃう?。

それそれ、お決まりのセリフやけど人間の脳、眼の構造がシトによって違うんでしか、バータレが。おんとーに見えとるなら若年性認知症で脳の萎縮乃至空洞化による幻覚が疑われる、とっとと病院行け。

まあムリに死んだら例え瞬間でも苦しい、痛いがある。

死んでも幽霊になるだけ、なんくるナイサー ならそゆ痛覚とか備わってる必要がないはず。ジョーズに腰までかぶりつかれて(^^♪オリョリョリョー ひょっとしてボキ食われてるんすか?

しゃーない、交通事故現場でザ たっちをとらえた動画みせたるわ。

 

 

ホンマや。まあわしだって霊というとしゅぐいろいろ限界にぶつかるので新人類説を持ち出してみたわけだが。

おいらのほうも、あちこちのサン登ってキャムプもずいぶんしたが、幽霊、妖怪へんぐぇ、ポルターガイスト、怪火、怪光、怪音・・・合理的説明がつけられない現象に遭遇は富江とプラナリアだけ。おんとーに幽霊に会えたらおーしろいんでね ぐらいのノリ。おまーのいうように富江がいるならゆうことなし。

 

音譜

俺たちは

M.G.C. M.G.C.

根拠などなくていいさ!

今すぐ 行っちまえ

 

といって、闇雲に出かけたって・・・

参考書↓がある。

 

ウッホ 何これ珍百景 怪しーい。幽霊でも妖怪へんぐぇでも何でもええけん、いかにもいるとおーえる画像使えんのが、内容ガセ見え見え。

まあな、初出出版物にもそゆ画像はたぶん1枚も掲載されてないんやない。25話と1山岳雑誌読者懇親座談会。夢オチおよび具体的場所が記されてないのは論外。怪といってもいろいろだが、幽霊その他死者の変形物またはそれらに起因する現象として語られているものに限ろうとおーう。逆にいうと天上界、人間界、動物界、異界・・・を問わず端からその姿で存在しているとされているものは除く。従って姿は人間のようでも神様、雪男、雪女、山男、山女は除く。天狗、河童など妖怪へんぐぇ、大蛇、ツチノコなどUMAも除く。こりらは一般のいるかもしれない認識度が幽霊より低いとおーうんよ。鳥海山には大蛇がおる ち言っとるけみんなで探しに登ってみまひょとはならんやろ。

幽霊も似たりよったりなんでねえの。

ドクロネタバレ注意 ヤな方は〇番号場所だけ見るようにされたい。

①木曽御岳賽ノ磧

行者から人魂が出ると聴いてでかけたら何百ともいえないほど多数に遭遇。但し、71年TBS取材時は出現せず。

元祖M.G.C.。行者がそゆ話をしたのはおんとーだろう。死後死者の魂は山上に集まるという信仰は各地にあり、そうなら頂上人魂だらけであたり前田のクラッカー。んが、そん時には見たといわれればそれまでなのだが、実見談はヨタ話だろう。ヨタ話のつもりがマともにとられて逃げまわってたんじゃないの。科学者の端クレならもし人魂があるとしたらこゆ性質ではないかと記述すべきだったね。頂稜部には営業小屋が並んでるが、そゆ映像の提供はない。涼しい御岳頂上に泊まって人魂みようつう登山が催行されているともきかない。

②群馬県雨見山1347mの谷

鉱山工夫相手の小さな酌婦街があったが雪崩で全滅。そっから夜弦歌が聴こえる。

怪奇小説も書く作家の記述、んなもん入れるんじゃねえよ。まずそゆ街、災害があったのか だが、調べる気にもならんわ。

音源が死者 はない。どの谷であれ、ホンマに音が流れてるなら誰かが生演奏または録音を流してる。渓流釣りや沢登りで男女パーティーが入谷、幕営して宴会はあるだろうが、楽器が三味線はない。すると、時代劇映画の吉原でのどんちゃん騒ぎのシーンなんかから録音を流してることになるが、ほとんどビョーキ。夜、谷におったら何しかけてくるかわーったもんじゃねぇ、幽霊よりこわいけん行かない。幽霊やないしのう。あなしで幽霊が人をとり殺すのはごくフツーだが、幽霊被告人の刑事事件があったとはきかない。おんとーにこわいのは幽霊ではなく、いかれた人間。

③27年中の湯~釜トンネル

昼間の怪。若い男に追いかけられる。つぼ足なのにスキーより速い。

幽霊の一般的イメージとして希薄があるとおーう。意思を持ち動ける風船みたいなもんとしたら速いんやない。

トンネルの入口に立った時陰になってるのに人相、服の模様が見えた。その人相、服装は後日付近で発見された自殺/遭難死者と同じだった。

幽霊画とかお芝居では幽霊は夜、行灯のそばや人魂を伴って出る。真っ暗じゃわかりゃーせんがー のココロでそう作ったのだろう。近代に心霊現象が輸入されてなかにエクトプラズムつうのがある。にょろにょろあるいはモヤモヤさまぁ~ずしてて発光する。発光するを風船みたいなものの性質に加えりゃOK。発光生物は稀ではない。

説明つきますいってもあんまりブッとんでたら説得力がない。やありウソくせえ。けんどおーしろいからまんがなんかで再使用してるやつがいるんじゃねえの。

怪談とはもともとありそうもないことがテーマ。ところが、ウソとはっきりいえるのは、語ったご本人が、そうだろ、んなこと起こるわけないじゃん、作り話だよバーカ と自白したときだけ。この筆者はとっくに死去だろう。否定するには合理的理由がつけられないと。

なぜ追いかけるかというと自分の死体をみつけてもらうためだろうに、追いついて説明できるのに追いつきそうになると止まって距離を置く。

幽霊になるとバーになったりして。妙だぞつって追いかけてもらえるとばーりおーってたんやろね。幽霊がさんまみたいにしゃべくり倒すつうのもあんまりきかない。

さんまはギョ人、基準にならん。あげくトンネルの入口で追跡を止めたのも意味不明。

こんなに芸やったのにキョーミを示さず行っちまうのであきらめたんだとおーう。

④41年赤岳鉱泉の風呂場&赤岳石室

前者は中年女、後者は凍死者の幽霊

前者は二人で入浴して一人が先にあがった。浴槽に残ったやつが見たのだが、あがって脱衣所にいる方には見えなかった。

ガキの頃みんなの見えないとこでギャー出たー つって怖がらせるのやらんかった?

後者は二人で寝てた。うち一人が男にのしかかられて寒い、服よこせいうてきかん夢をみた。ブツクサいっとるのを耳にして起きたも一人が見たらシュラフの上でパン一になっとった。夢に出てきた男の人相、服装がそこで凍死した者と同じと後でわーったとさ は③と同じ。

体温が低下するとかえって暑いように感じて服を脱ぎ散す例が報告されている。身体の具合いや環境が睡眠に不適だと悪夢をみる。んが、知らない死者を具体的に夢でみるのはどうだろう。あったとする他ないが、夢の中じゃつかまえようも撮影しようもない。

⑤千曲川上流秋山の民宿

民宿の女性にだけ弔い山行の対象たる遭難死者が同行してるのが見えた。なお、弔い山行のサンと遭難死したサンは別。

キッチャ店でウエイトレスが客のいない席に水を出すあれ。おんとーとしても死者とカンケーねーのが出かけても現れないだろう。

⑥48年釜トンネル

さすが有名心霊スポットで再登場。旧かつ照明がない頃。背後からザックをぐっと引かれた。同行者たちはいたが手が届かない後。具体的な死者との関連づけはないが同行者の一人は幽霊のしわざといった。

幽霊つったやつが、分割あるいは伸縮可能な棒と鈎を持って行っていてイタズラ?

大のおとな、M.G.C.やるようなバーなシトたちやないといってる。

犯人つかまえてみたら、ええーっあのシトがー はようあるで。

真っ暗な中ではちょうどうまくひっかけれはせんやろ。ここはサンというよりサンの入口だが、白骨温泉につかる次いでに行ってみるか。

③もいないあるいは幽霊以外と説明しきれなかったしね。

⑦42年道志赤鞍ヶ岳

勝手知ったるコースでぐるぐる99。ちょうどその頃仲のいい従妹が死亡。

近親者の死をムシがしらせるよくあるあなし。まあこりは(瀕)死者のせいとしてもそん時の話者に限る現象。

昆虫には採集するほどキョーミないし。

⑧41年谷川岳シンセン

夕刻白い妙な固まりが三つ尾をひいてふらふら浮かんでるのをみた翌日登山道に3人の遭難者の死体。

マッターホルン初登時のブロッケンのなかに二つ十字架のあなしから思いついたんでね?。遭難死者起因としても収容、供養されて成仏したけんもう出ないゆうことにしとこ。

極楽、天国なんち実証されてないこと持ち出されても。

人体からエイリアンが飛び出すと死に至るのは動画も流布してジョーシキ、んが、死ぬ瞬間乃至その前後に人体から白い固まりが飛び出るは観察されたことがない。

遭難死者起因でないにしても不思議やん。

最初にことわったように不思議一般発見ではないのだよ。まあ、空中に3つ並べて白い煙を発生させるのは可能だろう。んが、音が伴いそうだし、そんなことすること自体意味が不明ではある。

⑨大東亜戦時中上諏訪温泉の旅館

自殺応当日に自殺のあった室に宿泊したらその自殺者の幽霊が出現。

飽きあきするほど似たあなしよくあるね。諏訪市街でサンじゃないし、数ある旅館をいちーち調べる気にはならない。まあちょい付言すると死にたくて自分で死んだ。関係ある他人を強いてあげれば自殺の原因となった人物(例;失恋)。そゆ関係すらないシトのとこになして出るん?

やっぱ幽霊になるとバーになるんやね。

今日はわしが死んだ日や、デバンだ出番 はバーにはできん。

まあ作ったシトは別々やけ。

こりゃこりゃ、作った言うないや。ほいぢ、応当日以外はどこにおるいうつもり?

縁の下で野良猫と一緒におるんやろう。

⑩36年ヒマラヤ ナンダ・コット

シェルパの一人がヒマラヤ・アドミ(遭難死者)にとりつかれたと騒ぎ出し、発病、登山隊から離脱。

信心(一種の思い込み)に体調不良が重なっての幻覚だろう。氷雪のヒマラヤ行きは

音譜ちょっとできない相談ねー。

⑪14年蓮華温泉

殺人者の背中に被害女性の幽霊がとりついてるのが子供だけに見えた。犬が(幽霊に感応して)殺人者に吠えたてた。

⑫1897年蓮華温泉

⑪と同じ。

⑬立山弘法小屋(94年初出)

子供が芦峅寺の猟師為吉に代る他は⑪と同じ。

初出の前後からみて⑫は⑪の再録。解説を読むとこりらのもとネタは岡本綺堂26年「木曾の旅人」。綺堂は最も著名な怪談作家で元ネタはそのよく出来た作品。となれば⑪⑫がジッサイ起きたことではないのはもちろん⑬も著者が為吉からきいたのをあたかも自身も立ち会ったように脚色して書いたのだろう。そして為吉が実在としても彼も受け売りだろう。

 

 

わしらだって富江にカンドーのあまり1席ヨタ話を盛ることができるのだ。名作はまさに富江のようにコピペが増殖、何代も生命を持ち続ける。それはそれとして「木曾の旅人」だけ収録すりゃすむあなしやないの。

実話といってながら怪談作家を出すのが気がひけたんやない。それはどうあれ、元ネタにはジッサイそゆことがあったとかないけ。

ナイナイ、ぐるナイ。伊藤センセに富江どこの高校に通ってましたん?訊くと同じバータレ。まあ、100%譲っておんとーとしても幽霊は犯人に憑いてるので、木曾その他に出かけてもしょうがない。

⑭戦前谷川岳一ノ倉&劔沢小屋

夜間、足音だけで姿なき登山者

まあ書いてるのが⑬と同じじゃけ。ピッケルと靴の鋲が石にあたって火花が散って石が見えた と書いとるが、火花が散るとしてもその明るさどんだけー。せめてヘッ電(大昔なら提灯か)だけが動いて樹を照らしていった にしちくり。幽霊をリアルにみせようとしてかえって足が出とる。

足音が残っとる。

②と同じ姿形なく音だけタイプだが、平地にもフツー。サンでは夜行性動物が原因とおーう。こりもサンでよく話されてたのの受け売り、アレンジくせえ。

結局目的地は中ノ湯~釜トンネルだけ。70年もっと前のあなしを頼りに行くことになるのだが。

だいじょうぶだあ~

音譜お化けは死なーなない。

それにしても3つも怪談作家作品からの派生物を並べにゃ1冊でけへんとはサンにはやあり幽霊は少ないんやのう。それから別段平地と変わったのが出るわけではない。

人間の想像(創造)力の限界か。

そゆと幽霊は実在せんとゆう考えにつくことになるで。

まあ実話といってもジッサイ起こったという体裁なだけで、書くほうも読むほうもそうおーってるわけやないやろう。ジッサイありそうでゾッとできればおーしろいゆうだけのエンタメ。その観点からしてもこりはあんまり出来がようはないな。それに除外した神様・・・テーマのほうが多いのでバーらしくなってきて一通り目をとおすのに難儀した。

最後えらいジョーシキ人になっちくりて安心したわ。

和んだ二人の背後にさっきから白いモヤモヤさまぁ~ずしたもんがわだかまっているのが気になるにー。

オリョリョリョー 一方へモヤモヤがするする伸びたかと思うと長い鎌になってギラリと光る。 あ、あ、ああーっ!

何か二つモヤモヤが増えてるんですけど。

ははあ こりがおんとーの背後霊か。ひょっとしてこり読んでるツィミの背後にもいたりして・・・