天界維新宣言―和に至る道― -3ページ目

天界維新宣言―和に至る道―

2004年4月を前後して、天使と守護霊は日本史に秘められた霊的抗争の全容を教えてくれた。
その時、歴史的人物の霊が結束して、いまだ果たされていない使命を成就するため、地上界に働きかけることを誓い合った。
地上界との絆を結ぶために、このブログを公開する。

2003年4月30日(水)霊性日記より

神が最初に誕生させた天使は知・情・意において、最もバランスの取れた天使格(人格)を備えていた。いわゆる最も神に近い整った霊性を持っていたのだ。神がその後に誕生させる天使たちのモデルであり、そして、究極の目的である人間のモデルであった。ある意味で、神そのものと言ってもいいくらいの存在である。ここに、これから展開される出来事を紐解くための、大きなポイントがある。神が自分に似せて創ったのだから、神の分身のようではあるが、神からは完全に独立した存在である。

神のことを突き詰めて考えれば、神の存在は人間が考えるところの存在とは次元が違うと思う。その意味では、存在とは別の神の実在を表す言葉があってもいいような気がする。神はあるひとつところにいるのではなくて、どこにでもいるのだ。それと比べて天使はまったく違う。時空を超越した存在なので、どこにでも現れることができるが、存在はひとつところにあり、確かな一人としての霊の形がある。神は形がないのだ。

だから(と言う言葉もおかしいのだが)、最初の天使が神とまったく同じ霊性を備えていたとしても、感じ方やとらえ方は違ってくる。本来のこの世界には、服従と言う言葉や感覚はなかったはずだ。天使は神に服従するのではなくて、愛と信頼でお互いの願いがひとつになり、神の願いのごとくに、あくまでも自分の意思で動じ静ずる。

神は最初の天使を心から信頼し、天使たちのリーダーとした。他の天使たちはそれぞれの個性に特徴があり、最も均整のとれた最初の天使が、やはりリーダーとして最もふさわしかった。神の愛はどの天使にも等しく注がれていたが、最初の天使はその立場上、最も神の愛を受けとめていた。それだけに、最初の天使は神と同じ立場で、他の天使を愛していた。

最初の天使・・・・、いわゆる天使長は神が霊的に形を持った立場で、天使たちをはじめとして、宇宙のすべての存在に対して神の愛を実質的に伝える役割を担っていた。つまり、最初の天使は、神の愛を誰よりも直接に注がれる立場にあった。人間が誕生し、その人間に霊性が目覚めはじめるまでは・・・・・・。


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2003年4月29日(火)霊性日記より
神が設計した、愛を実感する世界の構想理想のすべてを知る天使たちは、肉体の五感を持つ人間が、愛の実感に陶酔する情緒とはどういうものかということも、霊的な知識としては与えられていた。人間と天使の持つ霊性は同じ性質のもので、すでに完成した立場で誕生した天使には、人間の心情の世界が手にとるように伝わってくる。未成熟な上に、肉体に宿っている状態の人間の霊性ではそうはいかない。むしろ、肉体の五感のほうが強いので、相当成熟してからでなければ、霊性という意識さえも持てない。
以前の日記に霊界では、お互いの感情や心情が手にとるように伝わると書いたことがあるが、天使にはちょうどそのようにトルとルクの心情が伝わっていた。肉体に霊性(源初神霊)が宿っているうちに肉体の五感で感じるよりも、肉体を脱いでからの霊性の感じる実感はレベルが違う。自分から出た感動が、宇宙の果てまで反響して再び自分に返ってくるように、存在の根底から喜びが突き上げてくる。このような表現から、その反対の負の情、悪の情を考えた場合に、悪霊が感じるその邪悪な実感も推し量れるだろう。
天使たちは最初の人間である男子トルと女子ルク(聖書ではアダムとイブ)とともに、大自然と宇宙全体に込められた愛の心情を実感しながら成長していった。果物の甘さや、野草の持つ滋味や、野鳥の肉のおいしさに生きる力を得、花々の美しさや見晴るかす山野、遥かなる海原、澄み渡った青空に、こくこくと文様を描く雲の姿態に心を揺さぶられて彼らは成長する。次第に霊性に目覚め始め、トルとルクはお互いの心に流れ通じる情感が、自然の存在物から感じられるものとは異質のものであることに気付き始める。
そのころ、順調に成長している二人にはまったく知るよしもなく、怪しい情がうごめきはじめていた。



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2003年4月28日(月)霊性日記より

山形もいよいよ春、真っ最中だ。りんご畑には白い花々、桃園にはあでやかな桃色の花々が咲き乱れ、りんごや桃の樹木を支える大地には、背丈の違う雑草たちが、微妙に色合いの違う緑のパズルとなり、畑や園全体をびっしりと埋め尽くしている。まるで、雑草の緑の絨毯が敷かれたように、毛並みは芝生よりも荒々しいが、それが自然の豊穣な命をダイナミックに表現した絵画のようだ。

その緑の絨毯の毛並みを吹きそよがせる風に、誰が描いたのか、黄色いたんぽぽが散りばめられ咲き誇っている。ひかえめではあるが、しっかり自分を主張しているのはイヌフグリの小さく青い花々だ。そのあいまに、名も知らぬ薄紫の花の塔が、風に抵抗しながら咲いている。

自然の美しさに感激しながら、人類最初の男女が生きていた頃の自然はどうだったろうかと思いを馳せてみる。緑の木の葉の光合成で発散された酸素は、けがされることもなく、命の香りをみなぎらせて地球を包み込んでいる。そこには、本当の太陽の色合いがあり、あらゆる自然の存在を、今とは違うほんとうの色彩で浮かび上がらせていた。

くるとにちなんで、男をトルと呼び、女をルクと呼ぶ。トルとルクは木の実を採って食べることもできた。その甘い味わいは、身体全体に染み入るように伝わっていく。人間が誕生する前は、天使たちは自分たちの霊的な感性で地上界を見て、その美しさに感動し、神の技の見事さに浸っていた。人間が誕生すると、天使たちのその感動は、次元を異にするようになる。トルとルクがその肉体の五感を通して感じ取った情感が、天使たちにも刺激的に伝わってくる。その刺激は、霊的な感性だけで感じ取るものとは、まったく次元を異にしていて、命が爆発しそうな感動で地上は満ち溢れた。

その感動の中で、天使たちは自分たちに与えられた使命の重要性をさらに自覚し、自分たちの持てるすべての知・情・意を注いで、二人の成長を促した。


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