プチ俺チャレ2010伊予路~とびしま海道
早々と実家から広島へ戻ります。
ただ、普通に戻ってもつまらないので、いつかやろうと考えていた、
「広からしまなみ海道を使って実家までロードバイクで行く」計画の下調べをしてやろう。
それと、せっかくなので「坂の上の雲」ゆかりの地も巡る。
ロードバイクなら、一人で気兼ねなく行きたいとこへ行ける。
小さい子供がいると、限られた時間で行きたいとこへ行くにも工夫が必要です。
しかし、松山市内で寄り道をしていると、日が短いこの季節では、
全行程をロードバイクでは行けそうにないので、
今治から海路でとびしま海道は渡って帰ることにする。
本日のルートはこちら↓
プチ俺チャレ2010伊予路~とびしま海道(前編)
プチ俺チャレ2010伊予路~とびしま海道(後編)
今治からの海路としては、岡村島に行けるフェりーと、
大崎下島の御手洗などを経由して川尻に至る高速船がある。
詳しくはコチラ→SHIMAP
ただ便数が少ないので、今治港に着いた時点でどちらの航路にするかを決めることにした。
目標は、14:30発の高速船で御手洗まで行ければ、日が沈む17時までには自宅へ帰ることが出来るだろう。
両親と兄貴の家族に見送られ、9:00前に実家を出発。
まだ日が出てません。 さ、寒い。 サイクリングロードが整備されています。
通称”重サイ”?
重信川と石手川の合流地点にある坊ちゃんスタジアム。
石手川沿いから、松山市末広町へ。くるすけの母校の高校があります。
遠くに見えるのは松山城。
久しぶりに母校を覗いてみる。サッカー部がOB戦をやっとった。
寄り道の最初は、母校のすぐ近くにある子規堂 へ。
正岡子規は、日本にベースボールが最初に伝えられたとき、熱心に打ち込んだ。
松山にベースボールを最初に伝えたのも子規だった。
彼はBaseBallを、自分の名前である「升(のぼる)」から、「野・ボール」と命名した。
だからだろうか、愛媛県は野球所。くるすけが子供の頃は、男の子はとにかく野球だった。
ちなみに、高校野球における、甲子園での都道府県別の勝率は、愛媛県が日本一とか?
子規の遺髪を納めた碑 坊ちゃん列車の客車。漱石の像が生首みたい(笑)。
子規が日本新聞の従軍記者として、日清戦争から帰国「し、松山で療養していた時、
大学予備門の同窓生である夏目漱石は、松山中学の英語教師として赴任していた。
漱石は自分の庵を子規に貸し、子規は漱石に俳句を教えた。
松山での療養の後、東京へ旅立つ子規の姿。
途中、奈良へ寄り、あの有名な句を詠む。
柿食へば 鐘が鳴るなり 法隆寺
これは漱石が詠んだ、ある句に対しての句であることが、最近の研究で判明したらしい。
ちなみに、子規とはホトトギスを意味し、ホトトギスとは結核を意味する。
漱石に「病気なんか、お前さんの持ち前の元気で吹き飛ばしちまえ」という激に触発され、
「それなら、あしは、ホトトギスのように、血を吐きながらでも、俳句を詠み続けようかの」
といったかどうかは知らないが・・・。
子規はいかにもい文学者というイメージで思っていたが、どうやらそれは違っていて、
かなり憂国の志士だった。おせっかいやきで、仲間思いで、お祭り騒ぎが好きな、血気盛んな青年だった。
体が許すなら、軍人になって先頭に立ち、この日本の危機を救いかったのだが、
それは果たせないと気付き、その想いを幼馴染の秋山真之に託すのである。
次に寄り道したのは、秋山兄弟生誕地
入るとすぐ右手に秋山好古の銅像 左には秋山真之の銅像
場内にはボランティアの方が色々と面白い話を聞かせてくれます。
特に、この二つの銅像についての逸話はなかなか面白かった。
ぜひ現地を訪ねて実際に聞いてください。
好古さんは、元帥への話があったそうで(驚)、それを断ったところも好古さんらしい。
退役後、松山北中学(現在の県立松山北高校)の校長就任の話が来た際、
大いに喜んで引き受けた、というところも、本来は教育者である好古さんらしい。
ちなみに、陸軍大将の経歴を持つ人物が、地方の中学の校長を務めるということは異例であり、
全国ニュースとして報道されたそうです。
好古さんは毎日騎馬で登校したそうで、その辺りも好古さんらしいエピソードです。
ところで、「知謀沸くが如し」と言われた真之さんは、いつの間にか「学問の神様」になっていた?
真之さんの組まれた手に触ると、試験の成績が良くなるとか?
確かに、大学予備門時代、「秋山の試験のヤマは良く当たる」と評判だったそうで。
試験を作成する人間の心理を読んでヤマを張るところが、生粋の戦略家たる所以でしょうか?
館内には、ドラマの出演者の色紙が。
秋山真之役:本木雅弘さん 秋山好古役:阿部寛さん
広瀬武夫役:藤本隆宏さん 秋山貞(秋山兄弟の母)役:竹下景子さん
本木雅弘さんは、役作りの際にここを訪れ、
一時間もの間、秋山真之の銅像へ語りかけていたそうです。
その様子は、ボランティアの語り部の方たちも、話しかけることができないほどだったとのこと。
一体、何を語りかけていたのでしょう。ぜひ知りたいですね。
次は、やっぱり道後温泉本館へ。
高校三年の夏休みの補講帰り、運動会の準備の後によく入りに行きました。
寄り道も終わり、ここらはロードバイクモードです。
317号線をひたすら北上し、今治港を目指します。
奥道後温泉を過ぎて石手川ダムへの登りが、最初の激坂です。
石手川ダムに付きました。 登り区間の半分近くでしょうか?まだ松山市内。
今治市までまだまだ。 やっと登りのピーク、水ヶ峠トンネル。
このトンネルは2.8kmあり、緩やかな下りになっている。
つまり、反対車線は登りになる。歩道があるけれど整備されている様子はない。
本番の俺チャレで、行きに使うにはちょっと危ないなあ・・。
トンネルを抜けると今治市へ。 ひたすら下って、12:20頃、今治港に到着。
岡村島行きのフェリーは12時発だった(悲)。
当初の目標どおり、14:30発の高速船で御手洗まで行くことにする。
出発まで時間があるので、市内で年始うどんを食べ、ちょっと観光。
今治場。お堀は海から引いてました。 四国霊場八十八箇所 五十五番札所 別宮山南光坊
この高速船で御手洗まで行きます。 ロードバイクは外。なーんかいやな予感・・
30分で御手洗に到着。運賃1750円プラス自転車200円。
が、不安が的中!バイクが想いっきり波を被っとるやないかい!!
「波は被るかもしれないって、案内には書いているでしょう。」
と船員は言う。
なら、金取るなや!!
大体、このバイク(自転車じゃないよ)見て、「波を被ってもいい」と思うんかい?
ママチャリじゃないやろ!(というよりママチャリでもワシはイヤなや)
今治から航路でとびしま海道へ渡ってサイクリングしよう!なんて宣伝してるけど、
もっとユーザーサイドに立って考えんと、誰も来ないよ。
と言う訳で、もし今治からバイクを乗せてとびしま海道へ行かれる方には、
高速船はゼッタイにオススメしません。岡村島へのフェりーに乗りましょう。
御手洗の公衆トイレで水を汲み、潮を洗い流す(泣)。
ここからはひたすら走ります。
左:中の瀬戸大橋 右:岡村大橋 豊浜大橋
豊島大橋 蒲刈大橋
ラストは安芸灘大橋。
ずっとアゲインストの中走りました。寒かった~。
予定通り、17時前に自宅へ到着。
お風呂でゆっくり温まりました。
天候がよければ、全てロードバイクでも十分に走れるのでは?と思います。
広から忠海または須波でフェリーに乗り、しまなみ海道で今治へ。
今治からは、317号が面白いんだけど、水ヶ峠トンネルが危ないので菊間・北条経由で海岸線をいけば、
十分走れるのではないかと思います。
近いうちに俺チャレとしてチャレンジしてみよう。
ただ、普通に戻ってもつまらないので、いつかやろうと考えていた、
「広からしまなみ海道を使って実家までロードバイクで行く」計画の下調べをしてやろう。
それと、せっかくなので「坂の上の雲」ゆかりの地も巡る。
ロードバイクなら、一人で気兼ねなく行きたいとこへ行ける。
小さい子供がいると、限られた時間で行きたいとこへ行くにも工夫が必要です。
しかし、松山市内で寄り道をしていると、日が短いこの季節では、
全行程をロードバイクでは行けそうにないので、
今治から海路でとびしま海道は渡って帰ることにする。
本日のルートはこちら↓
プチ俺チャレ2010伊予路~とびしま海道(前編)
プチ俺チャレ2010伊予路~とびしま海道(後編)
今治からの海路としては、岡村島に行けるフェりーと、
大崎下島の御手洗などを経由して川尻に至る高速船がある。
詳しくはコチラ→SHIMAP
ただ便数が少ないので、今治港に着いた時点でどちらの航路にするかを決めることにした。
目標は、14:30発の高速船で御手洗まで行ければ、日が沈む17時までには自宅へ帰ることが出来るだろう。
両親と兄貴の家族に見送られ、9:00前に実家を出発。
まだ日が出てません。 さ、寒い。 サイクリングロードが整備されています。
通称”重サイ”?
重信川と石手川の合流地点にある坊ちゃんスタジアム。
石手川沿いから、松山市末広町へ。くるすけの母校の高校があります。
遠くに見えるのは松山城。
久しぶりに母校を覗いてみる。サッカー部がOB戦をやっとった。
寄り道の最初は、母校のすぐ近くにある子規堂 へ。
正岡子規は、日本にベースボールが最初に伝えられたとき、熱心に打ち込んだ。
松山にベースボールを最初に伝えたのも子規だった。
彼はBaseBallを、自分の名前である「升(のぼる)」から、「野・ボール」と命名した。
だからだろうか、愛媛県は野球所。くるすけが子供の頃は、男の子はとにかく野球だった。
ちなみに、高校野球における、甲子園での都道府県別の勝率は、愛媛県が日本一とか?
子規の遺髪を納めた碑 坊ちゃん列車の客車。漱石の像が生首みたい(笑)。
大学予備門の同窓生である夏目漱石は、松山中学の英語教師として赴任していた。
漱石は自分の庵を子規に貸し、子規は漱石に俳句を教えた。
松山での療養の後、東京へ旅立つ子規の姿。
途中、奈良へ寄り、あの有名な句を詠む。
柿食へば 鐘が鳴るなり 法隆寺
これは漱石が詠んだ、ある句に対しての句であることが、最近の研究で判明したらしい。
ちなみに、子規とはホトトギスを意味し、ホトトギスとは結核を意味する。
漱石に「病気なんか、お前さんの持ち前の元気で吹き飛ばしちまえ」という激に触発され、
「それなら、あしは、ホトトギスのように、血を吐きながらでも、俳句を詠み続けようかの」
といったかどうかは知らないが・・・。
子規はいかにもい文学者というイメージで思っていたが、どうやらそれは違っていて、
かなり憂国の志士だった。おせっかいやきで、仲間思いで、お祭り騒ぎが好きな、血気盛んな青年だった。
体が許すなら、軍人になって先頭に立ち、この日本の危機を救いかったのだが、
それは果たせないと気付き、その想いを幼馴染の秋山真之に託すのである。
次に寄り道したのは、秋山兄弟生誕地
入るとすぐ右手に秋山好古の銅像 左には秋山真之の銅像
場内にはボランティアの方が色々と面白い話を聞かせてくれます。
特に、この二つの銅像についての逸話はなかなか面白かった。
ぜひ現地を訪ねて実際に聞いてください。
好古さんは、元帥への話があったそうで(驚)、それを断ったところも好古さんらしい。
退役後、松山北中学(現在の県立松山北高校)の校長就任の話が来た際、
大いに喜んで引き受けた、というところも、本来は教育者である好古さんらしい。
ちなみに、陸軍大将の経歴を持つ人物が、地方の中学の校長を務めるということは異例であり、
全国ニュースとして報道されたそうです。
好古さんは毎日騎馬で登校したそうで、その辺りも好古さんらしいエピソードです。
ところで、「知謀沸くが如し」と言われた真之さんは、いつの間にか「学問の神様」になっていた?
真之さんの組まれた手に触ると、試験の成績が良くなるとか?
確かに、大学予備門時代、「秋山の試験のヤマは良く当たる」と評判だったそうで。
試験を作成する人間の心理を読んでヤマを張るところが、生粋の戦略家たる所以でしょうか?
館内には、ドラマの出演者の色紙が。
秋山真之役:本木雅弘さん 秋山好古役:阿部寛さん
広瀬武夫役:藤本隆宏さん 秋山貞(秋山兄弟の母)役:竹下景子さん
本木雅弘さんは、役作りの際にここを訪れ、
一時間もの間、秋山真之の銅像へ語りかけていたそうです。
その様子は、ボランティアの語り部の方たちも、話しかけることができないほどだったとのこと。
一体、何を語りかけていたのでしょう。ぜひ知りたいですね。
次は、やっぱり道後温泉本館へ。
高校三年の夏休みの補講帰り、運動会の準備の後によく入りに行きました。
寄り道も終わり、ここらはロードバイクモードです。
317号線をひたすら北上し、今治港を目指します。
奥道後温泉を過ぎて石手川ダムへの登りが、最初の激坂です。
石手川ダムに付きました。 登り区間の半分近くでしょうか?まだ松山市内。
今治市までまだまだ。 やっと登りのピーク、水ヶ峠トンネル。
このトンネルは2.8kmあり、緩やかな下りになっている。
つまり、反対車線は登りになる。歩道があるけれど整備されている様子はない。
本番の俺チャレで、行きに使うにはちょっと危ないなあ・・。
トンネルを抜けると今治市へ。 ひたすら下って、12:20頃、今治港に到着。
岡村島行きのフェリーは12時発だった(悲)。
当初の目標どおり、14:30発の高速船で御手洗まで行くことにする。
出発まで時間があるので、市内で年始うどんを食べ、ちょっと観光。
今治場。お堀は海から引いてました。 四国霊場八十八箇所 五十五番札所 別宮山南光坊
この高速船で御手洗まで行きます。 ロードバイクは外。なーんかいやな予感・・
30分で御手洗に到着。運賃1750円プラス自転車200円。
が、不安が的中!バイクが想いっきり波を被っとるやないかい!!
「波は被るかもしれないって、案内には書いているでしょう。」
と船員は言う。
なら、金取るなや!!
大体、このバイク(自転車じゃないよ)見て、「波を被ってもいい」と思うんかい?
ママチャリじゃないやろ!(というよりママチャリでもワシはイヤなや)
今治から航路でとびしま海道へ渡ってサイクリングしよう!なんて宣伝してるけど、
もっとユーザーサイドに立って考えんと、誰も来ないよ。
と言う訳で、もし今治からバイクを乗せてとびしま海道へ行かれる方には、
高速船はゼッタイにオススメしません。岡村島へのフェりーに乗りましょう。
御手洗の公衆トイレで水を汲み、潮を洗い流す(泣)。
ここからはひたすら走ります。
左:中の瀬戸大橋 右:岡村大橋 豊浜大橋
豊島大橋 蒲刈大橋
ラストは安芸灘大橋。
ずっとアゲインストの中走りました。寒かった~。
予定通り、17時前に自宅へ到着。
お風呂でゆっくり温まりました。
天候がよければ、全てロードバイクでも十分に走れるのでは?と思います。
広から忠海または須波でフェリーに乗り、しまなみ海道で今治へ。
今治からは、317号が面白いんだけど、水ヶ峠トンネルが危ないので菊間・北条経由で海岸線をいけば、
十分走れるのではないかと思います。
近いうちに俺チャレとしてチャレンジしてみよう。











