前者さんのね、

 

 自分の優しさや優秀さをね、

 

 わざわざ人に言わなくてね、

 

 分かってもらえなくて傷ついて、

 

 それでも人の世話焼いちゃって。

 

 そんな自分をね、

 

 受け入れて、

 

 認めて、

 

 許して、

 

 愛しているところを見ると、

 

 

 私はもう、

 

 たまらなく前者さんが愛しくなるのです。

 

 

 

 

 

 あー、やっぱり前者さん好きだなぁ。

 

 大好きだなぁ。

 

 

 

 うちは旦那と娘が前者だからね、

 

 スーパー後者な私に対して、

 

 本当にもうすごく呆れたり怒ったり嫌になったりするときがあるのを知ってる。

 

 

 

 後者だから人の気持ちなんてわからないでしょ。

 

 って前者の人には思われてるかもしれないけど、

 

 私は実務能力と引き換えに人の感情の動きには

 

 ものすごく敏感に察知できるように生まれてきたので、

 

 個対個の感情の動きについては、

 

 まじでものすごい精度を誇っているのです。

 

(こうやって素面で自画自賛できるのも後者の特徴。)

 

 

 

 だからね、前者の人が

 

「なんかこういうの嫌だなぁ」

 

「分かってもらえないなぁ」

 

「むなしいなぁ」

 

「(自分の力では)どうにもできないことだけど、

 

 そんなの分かっているけど、ただ悲しいなぁ」

 

 とか、

 

 そういう風に思ったり、感じたりしているのは

 

 すごくよく分かるのね。

 

 

 分かる、だけであって

 

 自分がその気持ちを理解しているかというと

 

 そうでもないのだけど。

 

 

 

 でね、それでもね、

 

「なんかこういうの嫌だなぁ」

 

「分かってもらえないなぁ」

 

「むなしいなぁ」

 

「(自分の力では)どうにもできないことだけど、

 

 そんなの分かっているけど、ただ悲しいなぁ」

 

 って思っていてもね、

 

 前者の人は大好きな人のために動いてしまうし、

 

 最良の結果を求めて頑張ってしまう。

 

 後者から見ると自分から頑張っているように見えてしまう。

 

 

 

 なんかね~、そういうところがね~、

 

 どうしようもなく

 

 私が前者さんに惹かれるところなんだろうなぁと思うのです。

 

 

 揺れてるところ?

 

 達観しちゃってるところ?

 

 好きな人のために動いてしまうところ。

 

 ありがとう、を心の栄養にしているところ。

 

 頑張ってるね、を自分の力にしているところ。

 

 

 

 いいよねぇ。

 

 

 

 ド後者を嫌っている前者の人にはさ、

 

 どこか、自分が嫌い、って部分があるんだよね。

 

 その人を通して違う何かを嫌っているの。

 

 

 後者は基本的に人を嫌いにならない生き物だと私は思ってるのね。

 

 自分が結局一番好きだから。

 

 

 後者の人が言う、あの人が嫌いって、

 

 自分を嫌いな、あの人が嫌い、みたいな感じでね。

 

 相手が誠意を尽くして自分を満たしてくれれば

 

 とりあえずその人自体はどうでも良くなるというか。

 

(これが「私は嫌われる」みたいな前提を持ってる後者だと、

 

 ちょっと話が面倒くさくなるんだけどここでは割愛。)

 

 

 

 でもね、前者の人が相手を嫌いになるときって、

 

 どこか罪悪感があって、隠されていて。

 

 嫌いな気持ちを一人でポツリと

 

 土の中に埋めているような、

 

 そんな情景が思い浮かんで。

 

 なんか切ない気持ちになるんだよね~。

 

 あなた(わたし)を嫌いになりたくない、と、

 

 もうあなた(わたし)なんて大っ嫌い、が

 

 心のなかに同居してる感じ?

 

 

 

 そういう心の繊細で些細な動きが

 

 私はとても美しいと思うし、

 

 人間らしいと思うし、

 

 すごく尊くて素晴らしいものだと思うのです。

 

(そういう揺れ動きがあるから、

 

 映画やドラマは面白いのだと思う。

 

 特に邦画の感情の動きについての流れは

 

 ものすごく素晴らしいです。)

 

 

 

 

 分かってもらえなくてもいいよ。

 

 理解されなくてもいいよ。

 

 

 わかってよ。

 

 うけいれてよ。

 

 

 

 

 その間で揺れ動いている心がね。

 

 とても愛しいものだと思うのです。

 

 

 

 人って、

 

 言語化できないものをたくさん持っていると思うの。

 

 

 後者の「頭真っ白」問題みたいなね。

 

(後者によって「頭真っ白」の表現がバラバーラな件。)

 

 

 

 

 言語化できない感情をね、

 

 とても綺麗に複雑に見せてくれるのが

 

 前者さんなんじゃないかなぁって私は思ってて。

 

 

 後者ってめっちゃ分かりやすいよね。

 

 私からすると、なんだけどね。

 

 分かりやすすぎて、ちょっと大雑把。

 

 隠してたら隠してるって分かるし、

 

 我慢してたら我慢してるって分かるし、

 

 機嫌が悪かったら機嫌悪いし、

 

 機嫌よかったら機嫌良いし、

 

 分かりやすくて、天真爛漫で、

 

 くさみ・えぐみ・しぶみがまったくない。

 

 前者の人と比べたらね。

 

 

 

 前者さんの感情ってわかりにくい。

 

 注意深くくっつかないと分からないんだと思う。

 

 じっと観察して、想像して、

 

 確認して、嘘つかれて、混乱して、

 

 でも、本当は図星言われて強がってるだけだったり。笑

 

 

 

 

 そこから少しずつ、

 

 秘密の扉を開けていくみたいに、

 

 仲良くなっていって。

 

 

 

 その過程に

 

 私は魅了されるのだろうし、

 

 きっとずっと前者さんのことが好きなままなんだろうと思う。

 

(おそらく馬鹿にしていただろう私に対して、

 

 ある時からキラキラとした大好きの眼差しを向け始める前者の人の表情と言ったら!

 

 もう、可愛らしくて仕方ないのです。

 

 馬鹿にされていると分かっていても、

 

 その表情を思い浮かべると勝手にデヘヘと顔が笑ってしまう。)

 

 

 

 前者の人って、後者の人に比べて、

 

 腹黒いとか、

 

 意地悪だとか、

 

 言われているけど、

 

 もう、実際そのとおりだと思うよ。

 

 後者の考える意地悪とか腹黒いとかいうのとは

 

 別次元でいろいろ考えてると思うし。

 

 そのおかげで私みたいな後者は

 

 とても助けられていると思うので。

 

(後者の私にはフォローできないとこまで

 

 きっちりフォローしてくれるのが前者の人。

 

 いろいろなこと想定して考えておかないとできない所業。)

 

 

 

 でね、その「くさみ・えぐみ・しぶみ」が

 

 私はとても好きだし、

 

 人間らしいと思うし、

 

 素敵だなぁ、と思うのです。

 

 

 隣の芝生なだけかもしれんけどね。笑