ぼんリン スピンオフ『あのひとのいもうと・すべてはわたしのもの(仮)』ブログ -15ページ目

ぼんリン スピンオフ『あのひとのいもうと・すべてはわたしのもの(仮)』ブログ

「ぼんとリンちゃん」の くるみちゃんのスピンオフ(二次創作)

すべてはくるみの手によるものだった・・・ぼんリンの真の裏を描く衝撃のスピンオフ(仮)←






兄の休日。



兄は昼の1時ごろ、おもむろに起きると、


リビングに行き、ねぼけながらの遅い朝食をとった。


トーストに目玉焼き、ハム、ジャムに牛乳。


ありがちな食卓だ。


それからすぐさまパソコンに向かい、なにやらネットサーフィンをしている。


それから、おもむろに


右手をしたのほうに移動させ、


朝の、いや昼のエクササイズにはげんでいる。


大丈夫、年頃ともなればそれが健康。


きっと朝食でためたエネルギーを解消してるんだ。



それともぼんのやつがなかなか煮え切らないから、その想いを擬似的に、画面のむこうの見知らぬ女性にぶつけているのだろうか。


どちらにせよかわいい。


わたしのおかずにもなってくれる。



兄はもちろんわたしが見ていることなど知らない。


それがまた快感だ。



兄は、すっきりし、なにやらひとしごと終えたような満足感にひたったあと、

次の作業にとりかかった。


大丈夫、ムッツリなのは知ってるから。



次に兄は、


ペラ本をあさりだした。


この前、ぼんのやつと買いにいったやつだ。


しかも、脇には、内緒でぼんへのプレゼント用に用意した本まである。

ああ憎たらしい。


でも、それも快感。


それからゲームをやりはじめた。



実は、ぼんと兄は、ネットゲームで知り合った。


(違ってもあとからどうにでも編集できる。なんでもない。)


今や、オンラインゲームからなにから、すべての娯楽は、

出会いのための巣窟だ。


いや、昔からそうだったんだ。


あらゆる、コミュニケーションが可能なツール、場は、

出会いのために使われてきた。


公園のトイレをハッテン場、なんて呼ぶことしかり。


つまり人間なんてすきあらば、交尾したいだけのよくもわるくも動物以上でも以下でもない。


いいかげん、知的生命体として一段上に進化したらどうか。


わたしはちがう。


これだからイルカのほうがあたまがいいなんて言われるのだ。


わたしはちがう。わたしは賢さの生態系の頂点に君臨する。



通っているのは商業高校だけど。


え、女子校じゃないのって?


誰から聞いたんだ?

またあいつか。まぁいい。わたし、あの子を愛してるから。



で、ゲームにいそしんだ、

いや、暇をつぶすために空虚なままやっていたあと、


軽く夕食をとる兄。


昨日の残り物の惣菜に、

自分で炒めた野菜炒め(肉いり。)


それらをそそくさと、かつ
けだるく食すと


ごちそうさま。とひとりごとをつぶやき


兄はまた部屋にこもり、今度はアニメを見出した。


もちろん、リアルタイムじゃない。


公立っては言えないが、こんなのはアニヲタ、いや

ちょっとネットリテラシーがあるやつなら常識だ。


そう、違法にアップロードされてるが、グレーゾーンなので問題ないようになってる、


ネットにあるアニメの無料動画だ。


現実問題として、決まった時間にアニメを見ないといけないのは忙しい現代人には難しい。


また、固定時間を使うのもバカバカしい。

もっとフレキシブルにいきたいのだ。

かといって、録画にはそれなりに機器や容量、コストもかかる。

その点、無料動画なら、

いつでも見られるし、自分のパソコンやレコーダーの容量を使わずにすむし、お手軽、経済的。


持たない生き方、シンプルライフ。コンパクトライフ。


なんだかエコだ。


在庫持たない主義というか。


在庫を持たない企業のほうが調子はいい。


いかに自分に在庫を発生させないかが、この厳しい生存競争のある資本主義経済の中で生き抜くひとつのポイントだ。


ちょっと商業高校の生徒らしく語ってみた。


そうこうしてるうちに、兄は

寝落ちしていた。


深夜まで起きてるイメージがアニヲタにはあるだろうけど、


兄はそんなに体力があるほうでもないし、見ての通り

超インドア。


たまにこうして、なにかしながら、したあと、寝落ちしてる。


わたしはそんな時、


そっと兄の部屋に行き、


冷やさないように肩に布をそっとかけ、


部屋を後にする。


心霊現象でもあったかのような兄を見るのもまたかわいい。


なぜなら兄は、右手のエクササイズをする際は、とくに
万全を期して、部屋に鍵をかける。

わたしは、ひそかにつくった合鍵であけている。


針金でもいける。


だから兄はきつねにつままれたような顔をする。


わたしは、聞かれても「ねぼけて自分でやったんでしょ」

とごまかす。兄はそのへん、ぼんやりしたおっとり系なところがあるから、ごまかせる。





…などと、兄の1日を記録することで、わたしの1日も終わる。


兄の1日はわたしの1日でもある。


もう、ひとりのからだじゃないんだから、無理しないでね。おにいたん。


そっと、わたしは兄の活動記録ノート

「わたしのおにいたん」を閉じ、眠りにつく。


もちろん、たまには

わたしもさっきの兄を想い、エクササイ(ry