都内S市。居住中のマンションの内見は初めてであった。

※ 以下、( )内は私の心の声。

 

Aさんと、前の内見者が終わるまでエントランスで待機。

事前にネットで確認してきたが、念のためAさんに訊く。

「タブーとかありますか?」

「ないですね。」

(えっ!もっと値段下げてくれとか、売主さんに言っちゃうよ。いいの?)

「わかりました。」と私。

 

赤子入りの乳母車、いや、ベビーカーを押す母親と、父親が出てきた。

(そうだよね、1階住戸、芝のお庭付き、幼いお子さんをお持ちの方にはうってつけだよ。単身者には、広いもん、玄関側の2部屋いらないもん。)

 

番が来て、相手方の仲介業者Nさんの案内で玄関に着くと、

小柄な美人奥様と、リモートワークやってます風の真面目そうなご主人が迎えてくれた。

築浅とはいえ、まるでモデルルームだった。

窓にはカーテンではなく、ブラウンのブラインド。

はあ~、部屋の中から見る芝生も綺麗だな。眩しいっ。

「どうぞ、ご自由に~」と言われるが、遠慮が立って動けない。

一応、コロナ対策として、透明手袋を持参していたが、かえって着けるのが失礼のような雰囲気。

空室の場合、バンバンそこら中歩き回り、扉を開け放題だが、できない。

仕方がないので、一番近いリビングのクローゼットを恐る恐る開けてみるが、見ているようで何も見れていない。

窮状を察してくれたのか、そばに奥様が来てくれて、クローゼット、お風呂、トイレなど一つひとつドアを開けて見せてくださった。

すべてが本当に綺麗だった。

お子様の写真が飾ってあるのが、唯一、家族が暮らしている証拠だった。

なんなら、ご夫婦もモデルルームのモデルのようだった。

 

台所もぴかぴかだ。

Aさん「後ろのキャビネットはオプションですか?」

「はい、これは置いていきます」と、奥様。

そうか、置いていかれない物もあるのか、と気づく私。

そこで、ご主人が、ブラインドやソファは差し上げます、という思いがけないことを言われる。

(えっ?いいんですか?喜)

 

管理組合、上階やお隣さんのことなど、ひとしきりうかがって、最後にNさんの案内でゴミ捨て場に行く。

Aさん「引き渡しは?」

Nさん「ここは完済していて、すでに引っ越し先は決まっています。裕福なご家族です。」

(ローンで買います。貧乏でごめんね。)

Aさん「内見、来てますね。早くしないと…」

Nさん「これはご縁ですから。」

(なんか、Aさんと器が違うぞ。)

早くしないと売れちゃいますよ、的な返答を予想していたので、さすが大仲介会社〇△□さんは違う、いやこの方が違うのか。

あとでホームページで確認すると、どうやらこの方、そこで営業成績ナンバー1らしい。

 

物件、気に入った旨、Aさんに伝え、ほぼほぼ買うつもりだったが、Aさんの車でしか来てないので、決意表明は持ち越しとした。

Aさんも、あの綺麗さは今日内見だから掃除しましたなんてレベルじゃないですよ、と言っていた。

 

別日、仕事が終わった、夕暮れから夜にかけて、最寄駅から歩き、部屋及び建物付近を小一時間うろつく。

1階の部屋を外柵の下から覗いてみたり。よく不審者として通報されなかったものだ。

 

結論。買わない。

夜は無防備すぎた。昼は気づかなかったが、夜は植栽の間から、明かりのついた部屋が丸見えだった。

駅までの道が無機質すぎた。準工業地域のなせる業か。地の果てを歩いているようだった。

 

あの部屋とご夫婦の雰囲気はとても好きだった。

どちらかと言うと、あのご夫婦がいたから、あの部屋も美しかったのかもしれない。

だが、部屋がどんなに良くても、周辺環境を切り離して考えることはできない。

 

こうしてみると、Aさん、要所要所で助け舟を出してくれていたと、言えなくもないな。