『長屋紳士録』は、小津安二郎監督が１９４７年に撮った戦後第一作目の長編映画です。

占い師の笠智衆（役名：田代）、鋳掛屋の河村黎吉（役名：為吉）、宝くじ売りの飯田蝶子（役名：おたね）は、空襲被害を受けた東京の長屋に暮らしています。

或る晩、笠智衆は河村黎吉と同居している家に、茅ケ崎から来て父親とはぐれた青木放屁演じる’幸平’少年を靖国神社から連れて来ます。

笠智衆は少年に一晩寝床を与えたいと言いますが、河村黎吉は子供が苦手と言って断り、笠智衆に道路の向こうの飯田蝶子に少年を連れて行って貰う様に頼みます。

飯田蝶子はしぶしぶ少年を預かりますが、その晩少年は布団を濡らしてしまいます。

河村黎吉に飯田蝶子は、自分の役目は果たしたから、これからは彼が少年の責任を取るべきだと申し入れます。

しかし、申し入れを拒絶した河村黎吉は、近所の染物師の坂本武（役名：喜八）が引き取ってくれるのではないかと提案します。

染物師の坂本武（役名：喜八）が受入れを断ると、３人は誰が引き取るかを籤引きで決めますが、八百長籤に引っ掛かった飯田蝶子が少年を引き取ることになります。

飯田蝶子は少年を茅ヶ崎に連れて行き、そこで彼と父親が、八王子から焼け出されて茅ケ崎に来たことや、大工である少年の父親が求職の為東京に来ていたことを知ります。

飯田蝶子は海岸で少年を追い払おうとしますが、少年が追いかけて来たことから、飯田蝶子は彼を連れて笠智衆と河村黎吉の家に戻ります。

翌日、芸妓屋を営んでいる旧友の吉川満子（役名：きく）が、飯田蝶子を訪ねて来ます。

飯田蝶子と吉川満子は、自分達がのびのびと過ごした子供時代と、戦後の厳しい世界で暮らす子供達を比較し、同情した吉川満子は帰り際に少年に十円札を渡します。

宝くじは純粋な心を持つ者が当選すると信じる飯田蝶子は、少年に貰った十円で宝くじを買う様に言い渡します。

しかし、宝くじに当選しなかったことから、飯田蝶子は少年の態度に問題があるとし、軒先の干し柿泥棒の嫌疑も被せて少年を激しく叱責してしまいます。

そこへ、河村黎吉がやって来て、自分が柿を食べたと告げたことから、飯田蝶子は干し柿を手渡し少年に謝罪します。

翌日、再び布団を濡らしてしまった少年は、黙って飯田蝶子の許から去ってしまいます。

飯田蝶子は街に出て少年を探しますが、広い都会ではとても見付けることは叶いません。

夕方、飯田蝶子を訪れた吉川満子は、短気な彼女の睨む姿にはどんな子供でも恐れを抱くと、飯田蝶子を諭します。

飯田蝶子は、少年に対して怒りすぎたことを認め、少年の持つ善良な心について語ります。

やがて、夜尿の叱責を畏れて靖国神社に戻っていた少年を連れた笠智衆が現れます。

少年と２人きりになった飯田蝶子は、彼に自分の息子になる気持ちがあるかを尋ねます。

吉川満子と飯田蝶子は動物園のベンチに座り、新しい服を着て欣ぶ少年を見つめます。

飯田蝶子は、これまで経験したことの無い感情を抱いていることから、母性愛の芽生えを感じていることを吉川満子に告白します。

動物園の帰り写真スタジオに寄った３人は、飯田蝶子と少年の写真撮影をします。

家に戻り、飯田蝶子が少年の学校への進学について話し合っている時、玄関に父親の小沢栄太郎が現れます。

この映画は、『ミッドナイトスワン』（監督：内田英治　２０２０）、『グロリア』（監督：ジョン・カザヴェデス　１９８０）や『レオン』（監督：リュック・ベンソン　１９９４）等に共通する、唐突に始まる疑似的家族関係が描かれております。

上記作品に共通することとして、非日常として入り込んできた子供に拒否反応や戸惑いを見せる主人公に、次第に家族の情が芽生える過程が綴られます。

そのことにより、この作品では、小津安二郎作品の特徴と考える、非血縁者の関係を含む家族の概念に対する問題提起が、低層に流れている気がします。

１９４９年に撮った『晩秋』で、小津安二郎監督は原節子が嫁いだ夜に流す笠智衆の涙を描きましたが、小沢栄太郎の許に戻った後に見せる飯田蝶子の涙にも、少年の倖せを願う愛と家族的情愛が齎（もたら）す惜別の想いを感じます。

映画の中で飯田蝶子は、少年との日々の中で自分だけが良ければと考える利己心の戒めに気付かされたことを告白しますが、このことに自分は、『秋刀魚の味』（１９６２）で、娘の倖せを第一とすることに覚醒した笠智衆に通じるものを感じてしまいます。

あと、この映画を観て感銘を受けることは、小津安二郎の映像作家性です。

長屋住まいの人々を見上げる低いカメラ・アングル、少年が飯田蝶子を追う茅ケ崎海岸のシーン、不安に苛まされた飯田蝶子が都会で少年を探すシーンの数々、動物園から写真館へと繋がるシークエンスの柔らかさには、その繊細さと大胆さに感銘を覚えます。

写真館のシーンを観る度に切ない痛みを覚える、小津安二郎監督の詩的情愛に触れられる作品として観続けて行きたい映画です。

§『長屋紳士録』

河村黎吉、青木放屁（少年）、笠智衆↑

笠智衆、青木放屁（少年）↑

河村黎吉、飯田蝶子↑

飯田蝶子、青木放屁（少年）↑

飯田蝶子↑

飯田蝶子↑

飯田蝶子（後方に築地本願寺）↑

飯田蝶子、笠智衆、吉川満子↑

飯田蝶子、吉川満子↑

吉川満子、飯田蝶子、青木放屁（少年）↑

写真館で撮影する青木放屁（少年）と飯田蝶子↑

飯田蝶子、小沢栄太郎、青木放屁（少年）↑

河村黎吉、飯田蝶子↑